| 久米川 今回は、アナウンサーであり、また世界遺産ウオッチャーとして、先日『コラム』にもご執筆いただいた久保さんをウオッチしてみたいと思います。
久保さん、まずご出身と経歴を簡単に教えていただけますか。
久保 出身は愛媛県の八幡浜市の隣の保内町という小さな町で、大学は愛媛大学教育学部中学校教員養成課程、国語専攻です。
小中学生のころ放送委員会に入っていて、中学のころからアナウンサーになりたいと思っていたんです。アナウンサーになるには国語が大事だと思ったのと、母に教職につくよう勧められていたこともあって、あくまでも第一希望はアナウンサーですが、狭き門だとわかっていたので、もう一つの道として教職もいいかなと、保険のような意味で国語専攻の教員養成課程に入りました。そして運良くというか卒業の年に愛媛朝日テレビが開局して、第一号の女性アナウンサーとして採用されたんです。
久米川 その年の4月桜のころにもう全国デビューされたとか…。
久保 はい。愛媛放送は1995年4月1日開局で、4月3日の月曜日が入社式でしたが、その日の夜に、全国に開局のお披露目というか、テレビ朝日の「ニュースステーション」で松山城の桜中継をやりました。一緒に入ったアナウンサー5人のうち生まれも育ちもずうっと愛媛県というのは私一人だったということもあって私が任されたんですね。愛媛県では松山城の桜が有名で、松山といえば『坊ちゃん』、『坊ちゃん』といえばマドンナということで、矢がすりの着物を着てやりました。
久米川 おまえ行け、元気だから、と。
久保 そう、そんな感じです。ところが、桜中継は2分ぐらいなのに原稿は40秒分ぐらいしかなくて、あとは久米宏さんが何か質問するからそれに答えればいいと言われて…。それで久米さんとあいさつとか衣装のこととかちょっとしたやりとりをした後、「何か言いたいことはありませんか」と言われて、とっさに「私は人口1万2000人の保内町という小さな町に生まれ育ったのですが、保内町始まって以来のアナウンサーです。よろしくお願いします」と言ったんです。それが何か大ウケで、思わぬ反響をいただいたんですね。
その後3年ほど愛媛朝日テレビにいて、最初はお天気キャスターとか情報番組、ナレーションなどやっていて、1年半ぐらいしたらメインの30分のローカルニュースもやらせていただきました。高校野球のスタンドリポーターもやりました。
久米川 全く怖いものなしですね。それでなぜ東京に出てきたんですか。
久保 もともと大きな舞台でやってみたいという気持ちはあったし、3年ぐらいたつと先も見えてしまったというか何か少し物足りなさを感じたんですね。
それでフリーアナウンサーとして出てきました。
出てきて、それはそれで楽しかったのですが、フリーの仕事は期待したほどではないし、その間に結婚したりして生活スタイルががらっと変わったということもあって、1年半ぐらい前にちょっと健康を害して、過呼吸症になったんですね。
久米川 今はお元気そうですが、それを克服したのは何ですか。
久保 おそらく気功だったと思います。それからバイタリティーのある夫から大きなパワーをもらい続けていることでしょうか。
久米川 ぼくが関係した歯科専門番組「デンタルデータチャンネル」の専属のアナウンサーが久保さんだったんですね。その仕事は2年ぐらい続きましたね。
102カ所回ったという世界遺産ウオッチングはいつから始まったのですか。
久保 今は108カ所になりました。始めたのは5年ぐらい前です。それまでテレビ局にいてすっごく忙しかったのに、上京してすぐは仕事もあまりなくて暇だったんですね。こんなに時間があるのなら悩んでいないでどこか旅行にでも行こうということで、夫(当時はまだ結婚していませんでしたが)と一緒にカナダ、そして翌年アメリカに行ったのが最初です。
久米川 5年で108カ所はすごいね。しかも必ずご夫婦で行かれるんですね。
久保 はい。今年に入ってからも、屋久島、ペルー、メキシコ、アンコールワットに行ってきました。そして来週はチェコのプラハに行ってきます。
久米川 どうしてそんなにのめり込むようになったのか、そこが一番聞きたいんですね。何がそんなに引きつけたの?
久保 特に二人で行ったアメリカ旅行がすごく楽しかったんです。自分たちでアレンジして、だれにでもできないような旅をしました。大西部の国立公園をドライブしたんですが、行って、ああ楽しかった…というのとはちょっと違ったんですね。
それと夫は当時旅にはあまり興味がなくて、そのかわりすごく収集癖があるちょっと変わった人ですが、彼が世界遺産ておもしろいよと言い始めたんです。私はもともと純粋に旅が好きで、学生時代も語学留学や一人旅やしていたので、すぐに影響を受けて、だったら見に行こうということになって、私の自由気ままな旅と、夫のスタンプラリーのような世界遺産コレクション的なものとがそのままアメリカ旅行で一つになったんですね。
久米川 でもそれだけではないでしょう。世界遺産をめぐってみようという何かあったはずなんですね。
久保 そうですね。世界遺産の精神ですね。最初はその国の遺産というイメージが強かったのですが、いくつか回るうちに、アンコールワットにしてもナスカの地上絵にしても、その国だけのものではないんだと、人類全体の遺産なんだと痛感するようになりましたね。
それと、最初のうちはそれぞれが点でしかなかったのが、いろいろ行くうちにそれが線や面でつながっているということがだんだんわかってきました。例えばローマ帝国にまつわる遺跡というのも地中海を囲むヨーロッパやアフリカにたくさんあるのですが、見ていくうちにそれらが時代という線でつながって歴史的な背景も見えてくる。これはローマ帝国が栄えた証なんだというふうに思えてくるんですね。
それから、世界のいろんなものを見ていくうちに、日本のよさや個性もあらためて意識するようになりましたね。
もう一つは、生活の中に楽しいことが一つあるということ、例えば今度旅行するから一生懸命働いて資金をためる、どんなルートにしようか、どこのホテルに泊まろうかと一生懸命調べることも楽しい、準備をするのも楽しい、行ったらそこですごい感動があって、そこからパワーをもらう、帰ってきてホームページをつくるのも楽しい、みんなに見てもらうのもうれしい、次の旅行に向けてまた新しい計画をする、これって私の健康法そのものでもあるんです。
学生A 5年間で108カ所回るということは日程的にもすごいハードなスケジュールだと思うのですが、その間仕事もされているんですか。
久保 はい。先生と番組をやっている間は年に2〜3回がせいぜいでしたが、その仕事が終わった年は5回ぐらい行きました。一回の旅で多いときは16カ所訪れました。それはイタリアなんですが。
学生A 一回に何カ所も回られるんですか。
久保 そうです。とりあえず目標として、100カ所までは一度にたくさん回れるような国を選びました。100カ所を超えてからは、3〜4日かけて一つの世界遺産というところに絞っているんですね。ですから国の数にすると20カ国ぐらいですが、世界遺産の数は108カ所なんです。
スタッフAさん 世界遺産は全部でどのくらいあるんですか。
久保 754です。この間まで730だったけど、年に一回世界遺産委員会が開かれて、そこで増えています。あまりにも増えるペースが早いので、今年からは一カ国一カ所ずつということになりましたが。
学生B 日本の世界遺産はどうなんですか。
久保 世界遺産条約ができたのが1972年ですが、日本が加盟したのは20年後の1992年なんです。日本の世界遺産は法隆寺や姫路城、屋久島など11カ所です。日本はそういう意味では後進国というか文化や自然を保存し、まもるというような意識がヨーロッパ諸国に比べて遅れているように思いますね。
久米川 日本の象徴である富士山が世界遺産に登録されていないの五合目以下は大人気ない人たちによって大型トラックやテレビが捨てられゴミだらけで非常に汚いからだそうです。約180組のボランティア団体が清掃しているけれどとても追いつかないそうです。
また、心無い人達が起こす戦争によって破壊されている世界遺産があるのも非常に残念ですね。後世のために皆の知恵を出し合って人類の共通遺産である世界遺産を守ることは我々の努めでしょう。
スタッフAさん 個人でこれだけ世界遺産を回った人はいないんじゃないですか。
久保 たくさん回っている方はいらっしゃるかもしれませんが、純粋に趣味のレベルで全部記録に残しているという人はあまりいませんね。
学生C 今後どのような目標をおもちですか。
久保 いっぱいあるんですよ。夫の転勤で9月から奈良に行くんですが、奈良は世界遺産の文化財がある地ですし、世界遺産の地に住むのは初めての経験なので楽しみですね。京都も近いのでじっくり見て歩こうかなと。
それと、奈良大学に世界遺産コースというのがあって、世界遺産学を学問として確立しようとしている先生がおられるんです。それで大学院の試験を受けてみようかなーと。これはわかりませんよ。試験に落ちるかもしれないし…。
久米川 久保さんは、与えられたものをすべていいほうにとらえて、それを活用しようとしていますね。
久保 そうですね。いいことしか思い浮かばないんですけど。
久米川 今日はお忙しい中をどうもありがとうございました。
なお、久保さんが明海大学祭(けやき祭:10月18日(土)午後)にて、講演されるので多数の方々のご参加を待っています。
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