第29回  バイコヌール報告
2010年1月例会
 
野口 幹夫 

1935年生まれ
大阪大学工学部卒業
東芝本社総合企画部長を得て、 
潟gプコン常務、監査役
三水会は設立時1979年からの会員
 
 野口氏のご子息聡一さんは、昨年12月21日ソ連のソユーズで2回目の、しかも今回は5ヶ月の長期滞在しご活躍中。12月17日宇宙の街に着かれて出発までの重い内容をさらりと書いていただく。かつてのロケット発射基地は宇宙の基地と変貌。発射までのご家族の思い、発射のソ連とアメリカの格段の違いなどがつづられている。
 

Tバイコヌール報告1【バイコヌール空港】

2009年12月
バイコヌールに聡一のソユーズ出発を見送る旅
 昭十二月十七日バイコヌール空港におりたってジェット機のタラップにたちて見渡せば 
地平のかぎり黄土と枯れ草空港はバラック建て入管はなぜか進まずひたすらに待つ待たされるバスから降りて足踏みすれば 駱駝の群れ見ゆ 孫ら歓声放牧の牛の群れにバス止まりその先に見ゆまぼろしの街ゲート厳重に兵士が守るゲート開きここからの土地は今も秘密基地冷戦時軍事ロケット発射基地いまは転進宇宙への街 




 
バイコヌール報告2【バイコヌール】
 公団の アパートだけが 林立す 荒れた姿は 築五十年

町中のいたるところに 記念碑あり

痛ましきは大遭難記念碑

ガガーリンは双手を上げて

微笑みぬ五人の孫ら並びて真似る

 










 

バイコヌール報告3【ソユーズロールアウト】

 12月18日 
ソユーズロールアウトという儀式を早朝に見る

暗闇のかなたからそっと近づくヘッドランプ 
あれがソユーズ 運ぶ機関車



眼前をのそのそと行くソユーズの寝姿は 
視界の外にはみ出してあり


ソユーズは 先回りして 我ら待つ 晴れの舞台で 頭持ち上げ起立せり

設置終え 舞台を降りて 発射台 かえり見すれば 朝日昇りぬ


 
バイコヌール報告4【両親面談】

 12月19日 
両親面談がかなうということになって
 
聡一ら宇宙飛行士が滞在するホテルに入る




無愛想な専属医師の診察後 守るべきこと 一.五メートル離れよと

面接の廊下と部屋は簡素清潔修道院を思い起こす

聡一の立ち居振る舞い落ち着きて気配りもよし修道僧に似て



 バイコヌール報告5【宇宙飛行士の出発】
 

12月20日 
宇宙飛行士の出発は、演劇好きのロシア人はならではの見せ場をつくるページェントの連続

■ 第1場 ホテル出発の場 ■

玄関は 投光に浮かび 両サイドには 軍用犬付き 兵士警戒

音楽と テレビカメラの 移動にて 三人の主役 近づくを知る

子等が待つ バス入り口で 聡一は ハイタッチのまね 歓声に応えぬ

バスに乗り 見せる笑顔は すがすがし 笑顔良しの ガガーリンに似て

■ 第2場 宇宙服を着て最終チェック 窓越しの幹部会見 ■

ソユーズの 白地に青の 宇宙服 軽やかなりと 六法踏んで見せ


ソユーズの 運転席は 胎児のよう ヘルメットつけ 気密の検査

検査官も 心配そうに 除きこむ この期に及んで 何事のことあらん

やがて無事 検査終了 会見は 三カ国の宇宙幹部 勢ぞろいす


■ 第3場 ソユーズへのバス乗り込み ■

伝統の 行事なれば 何事も様式がある ビルの前庭に立つマーク

ここに立つ その瞬間に 影武者はお役御免と 相成りぬ

肉声をかける最後のチャンスとて バスに乗りこむ人に 行ってらっしゃーい

バイコヌール報告6【発射】

12月21日 
早朝ソユーズ出発

1.5km先 暗闇なれば 本体は 判然とせず 数本の柱がそれらし

展望台は テレビカメラが 占拠せり われらはなれて 地上より見る


3時51分 支持柱のひとつ はねうごき 闇の天空 アカネに染まる

バリバリと 空を切り裂く 火の玉よ 聡一を載せ 一筋にゆけ