第20回  バスクとモンドラゴン協同組合
           〜「社会的企業」という経済システム 〜
2009年4月例会 幹事:野口 幹夫
 

講師: 岡本 好廣

 おかもとよしひろ
1932年に旧樺太生まれ、樺太第一の英才校 豊原中学に入られると、まもなく敗戦。苦労されて帰国。早稲田大学第一文学部で、学生時代から大学生協の活動に参加活躍された。卒業後日本生活協同組合連合会に招かれて入り、今回のご報告のインドの国際協同組合同盟でネルー首相に会われたのも、この若手の活躍時代のことだ。その後指導部長、中央支所長等を経て常務理事に就任、財団法人生協総合研究所専務理事を務めて退任。その間<学会>日本協同組合学会(93年〜97年まで副会長)ロバアト・オウエン協会(理事)も歴任され、今日に至っている。

◆◆ 目次 ◆◆
・・・ はじめに ・・・・
1 スペイン戦争とバスクの受難 4 「社会的企業」が目指すものと諸形態
 モンドラゴン協同組合の創設ち理念 5 新しい可能性を開いたグラミン銀行
生産、金融、流通にわたる多面的な事業展開 6 「社会的企業」の将来と日本での展開

1.スペイン戦争とバンクの受難

 バスクはスペイン北西部とフランス南西部に跨っている四国に大阪府を加えた程の面積で、人口300万人弱の地方である。南バスクの7州はスペインに、北バスクの3州はフランスの属しているが、スペイン側の各州はいったいとなって自治州を形成してある。もともとバスクとして一体だったものが、1659年ルイ14世の時代に新に国境線が敷かれて、バスク人の知らないところで2つに分割された。これが今に続くバスクの悲劇の始まりと云われている。バスクには旧石器時代から人が住んでいて、先祖はネアンデルタール人とも云われている。原始バスク人が住んでいた洞窟に遺跡は60箇所も現存している。バスク人は長い歴史を通じてどの国にも征服されず、周囲に同化することなく独自に文化を守り育ててきた。バスク語はその典型である。

 バスク語はスペイン語やフランス語とは全く違った言語で、ヨーロッパ人が学ぶのは非常に難しいと云われている。バスク地方では道路標識などもスペイン語(カスティーリア語)とバスク語が併記されている。バスク人は生来民族心と独立心が強く、それが今日まで脈々と続いて困難に耐え抜く伝統になっているのであった。

 スペインでは何度か王制を廃止が模索されたが、実際に成功したのは1931年のことで、隣のフランスに比べると随分遅れている。各種に左翼政党から右派政党まで加えた統一組織で王制を廃止して共和制の政府を作ったものの、反革命の動きが起きて国内を2分する戦争になった。これに対して労働者、知識人などが革新政党とともに人民戦線を結成して戦ったが、フランコ将軍を中心とする軍とそれを支援したナチスドイツとイタリアの攻撃を受けて敗北した。この戦争でバスク人は、バスクの独立を賭けてフランコ軍に対峙した。バスク自治憲章に基づいて「バスク自治政府」を組織し、その存続と独立を求めて最後まで勇敢に戦った。戦闘と空爆による死者26,000人、重傷者50,000人、銃殺などによって殺害された物22,000人、それに投獄されたり、亡命を余儀なくされた人を加えると被害者は93万人に上り、当時のバスクの人口の半数近くになる。スペイン戦争の被害者としてほかの地域と比べものにならない大きな数である。

 これはフランコ政権に対するバスク人の怨みになって消えることなく、内戦終結後も抵抗運動を続けたので、36年間に及んだフランコ独裁政権の下でバスク人の運命は過酷なものになった。バスク語の使用が禁止され、差別と抑圧が続けられた。こうした長年に亘る怨念から1959年にバスクに独立を標榜する「バスク祖国と自由」(ETA)が結成されて政治的テロが繰り返された。ドイツ、イタリアのファシスト国家が滅んでから20年余り経っていたが、フランコに義勇軍を送った隣国ポルトガルのサラザール政権とともに独裁政権は延命を続け、1975年フランコの死亡によって漸く終わりを告げたのである。スペイン戦争が原因で多くのバスク人が欧米諸国に亡命や移住し、フランコ政権下のスペインには戻ろうとしなかった。しかしバスクを愛する気持ちは非常に強く、物心両面でバスクを支えて再生を願ってきたのである。


2.モンドラゴン協同組合の創設と理念
  バスクは大西洋に面して昔から貿易が盛んで、ビルバオはその中心であった。また優良な鉄鉱石の鉱脈に恵まれ、鉄鋼業と種々の製造業が地域を潤していた。1930年代においてバスクはスペイン随一の経済力を誇っていた。しかしスペイン戦争による町の破壊とその後フランコによる圧政で苦難んp時期が続いた。政治的、経済的圧力にどう耐えていくかはスペイン戦争後のバスクにとって大きな問題であった。1941年にカソリックのホセ・マリア・アリスメンディアリタ神父がモンドラゴンに赴任して、内戦で疲弊した町の立て直しを呼びかけた。 アリスメンディアリタ神父はスペイン戦争ではバスク軍の従軍記者として戦場に赴きフランコ反乱軍に捕らえられて投獄された。危うく死刑になるところを助かって、疲弊しきった町の状況をう憂いた 神父は仕事を起こして町を建て直すことを決意した。当時のモンドラゴン市は鋳造工場ウニオン・セラヘラの企業城下町だったので、工場付属の徒弟学校の教師の立場を活かして若者たちの啓蒙を始めた。そのために「カトリック活動団」の組織も活用した。モンドラゴンスポーツ青年団も組織した。神父が考えたのは協同組合を作って仕事興しをすることであった。手始めにファゴール工業協同組合を作って、石油コンロの製造を始めた。現在ファゴールグループに所属する家電メーカーはスペイン、フランスで第1位、EU管内で第5位の位置にある。同時に教育省認可の技術専門学校を設置して技術を磨き、アラサテ工業協同組合を作って旋盤機械の製造を始めた。またこれらの工業協同組合には社会保障制度が適用されていなかったので、ラグンアロ共済組合を組織して独自に社会保障を始めた。これによってモンドラゴン協同組合(Mondragon Corporation Cooperativa以下略称MCCと呼ぶ)は発展のきっかけをつかむことになった。

 当時のモンドラゴンと周囲の町は貧しいだけでなく、精神的なよりどころを失っていた。アリスメンディアリタ神父は住民を元気づけるためにサッカーを奨励し、教育を再生させ、文化活動を活発にした。それらの活動と合わせてMCCの事業が進められた。その方針は後に「モンドラゴン協同組合原則」として定式化された。

モンドラゴン協同組合原則
@ 自由加入(人種、宗教、信条などで差別しない)
A 民主的運動(一人1票、民主的選挙で役員、経営陣を選出する)

B

労働の優位性(利益は労働に対して配分する)
C 資本の道具性と従属性(資本は必要だが、労働に従属させる)
D 労働者の経営と管理への参加(労働者の経営参加を基本に置く)
E 報酬配分の公平性(上下の格差を少なくして内部連帯に基づく賃金政策をとる)
F 協同組合間協同(協同グループ間はもとより全国レベル、国際レベルに広める)
G 社会変革の推進(社会労働基金の活用、バスク労働階級との連帯、文化の推進)
H 普遍的価値での相互協力(平和と公正、社会的経済組織としての協力)
I 教育の重視(協同組合教育、専門技術教育、モンドラゴンの発展のための教育)


 この10の原則は運営のなかでどのように活かされるかをみることにする。「自由加入」はもともとはバスク人の雇用の確保と生活防衛のために作られた組織を、他のスペイン人はもとよりこの地域に住んでいる人たちに広く門戸を開放することで実現している。宗教についていえば、かそっく教徒が多数を占める地域であるが、ほかの宗教の人たちも参加し、思想信条も区別されることはない。「民主的運動」は資本である。「出資金」の額に関わりなく、一人1票の権利で理事会が総会で選出される。理事は統治機関としての「統治理事会」と事業の執行に当たる「事業理事会」に分けられ、事業理事会の理事長はMCC全体の会長となる。この他に監査委員会と社会委員会がある。

  社会委員会は労働者委員会とも呼ばれ、労働組合に似た組織である。2つの理事会に社会委員会を加えた3つの機関が経営管理を行い、そのもとに9つの事業別代表機関を置いて運営を補っている。「労働の優位性」は「資本の道具性と従属性」と共にMCCの真骨頂である。事業体であるから、「資本」は重要であるが、その一人歩きを許さず、あくまで「労働」は主体で優位性をもち、「資本」は道具の役割で労働に従属するものであるという考えである。したがって「労働者の経営と管理への参加」を重視し、利益は資本ではなく労働に対して分配する。そのため経営陣の報酬と労働者の賃金の間の開きを少なくして「報酬配分の公平性」をたもっている。

  「協同組合間協同」「社会変革の推進」「普遍的価値で相互協力」は同種の原則で、お互いに補完し合ってMCCの理想現実のために活用される。これらの原則は資本主義市場経済のなかでは特異なものでので、不断の教育によって進められることになる。市場競争を勝ち抜くためには「専門技術教育」も欠かせない。「教育の重視」はそのための原則である。

 MCC の最大の特徴は労働者が賃金労働者ではなく、「協同組合」の労働者組合員であるということにある。MCCの労働者は出資に基づく組合員であって。報酬は業績を上げることによって得られるものなので、給与は「賃金部分」と「利益配分部分」で構成されている。前者は前払い給の性格をもち、後者は決算が出た後に調整して決定される。後者は堂々と字bんが拠出した出資金に対する利益配分の性格をもっている。その額は利益の額によって変動する他、欠損が出た場合には各自の補填も必要になる。こうしたことが容認されているにはMCCの主体が労働者組合員でガラス張り経営の中で自らが賃金部分、利益配分部分を決める場に参加しているからである。統治理事会と事業理事会の中間の社会委員会(労働者委員会)が統治(ガバナンス)と事業(ビジネス)を労働の立場でチェックするとともに、労働者の声を聞く場になっている。

 MCCは先に事業体があって後から運営手段として「経営参加」を入れたのではなく、設立の理念からこのことを運営の原則とし、“労働者組合員による経営参加を体質化して作られた組織”なのである。したがって労働者組合員が拠出する出資金も半端な額でなく、それぞれが年収に相応する額を目指して増資している。

 アリスメンディアリタ神父は、自らが役員になってMCCを動かすことはしなかった。しかしその考えは後にモンドラゴン協同組合原則にあんったように、MCCの指導理念として事業を貫く根幹になっている。

 「最大の危険は過去に成し遂げたものに満足することである。・・・・淀んだ水は腐敗する。生きることは自己自身を改心することである。民主主義は革新の源である。」

 「我々の協同組合主義は資本、技術、組織的柔軟性において、劣悪な条件に陥らないように自らを発展させなければならない」と云って、事業における金融と投資の重要性を強調している。

 協同組合の役職員は過去の成功体験に縛られ、時代に合わせて改新していくことを怠りがちになる。また資本、技術、組織的柔軟性への配慮も忘れがちである。そのことをアリスメンディアリタ神父は警告したのである。また協同組合があらゆる経済活動に適用できる唯一の方式だと考えるべきではないとも云っている。今日までMCCは時代の変化、発展に合わせて経営の革新に努め、モンドラゴン協同組合の原則に沿っていながら優れた適合性を発揮してきた。これがMCC発展の原動力である。


3 生産、金融、流通にわたる多面的な事業展開

(1)多岐にわたる生産部門
 MCCの事業は多方面に広がっているが、このなかで中核的事業に位置づけられるのは、生産、金融、流通の3分野である。生産部門は自動機器、電子機器部品、建設・設備、産業機器、家電・家庭用機器、エンジニアリング・設備機器、鋳造機器・工作機器など広く取り組まれており、生産高は2004年で4,740,521,000ユーロ(6163憶円)に達している。ヨーロッパ8ヵ国、南北アメリカ4ヵ国、アフリカ2ヵ国、中近東1ヵ国、アジア3ヵ国、計18ヵ国の38工場で生産が行われ、48.5%が輸出に回されている。この中で自動機器、電子機器部品、設備機器、 鋳造機器などは、ヨーロッパに進出している日本のメーカーにも納入している。また家電製品は、洗濯機、冷蔵庫、オーブン、皿洗い機などで、スペイン国内で販売されている他、EU域内に輸出されている。この分野は日本の家電メーカーと提携して技術導入を行っている。特殊なものでは観光バスの車体や組み立て用ロボットを製造している。カタルニア地方の環境風力発電機メーカー「エコテック」がMCCグループ入りして風力発電機器の販売と設置に乗り出した。この事業でも日本企業と提携している。

  MCCの建設部門はバルセロナ・オリンピックの会場や、ビルバオ・グッケンハイム美術館建築にも参加した。以前イギリスやスウェーデンの生協は食品や衣料品、家庭用品を始め、家電製品に集中する政策に切り替えた。生協の販売量では大量生産のラインが維持できないのと、技術革新についていけなかったからである。それに引き替え、バスク人の雇用確保を目的にして、最初からスペイン全土とフランスでの販売を考えていたMCCはそれに相応しい販売網を作り、研究部門を確立して技術革新に努めてきたので、今日まで生産事業を維持、発展させることができた。

  傘下ね「イケルラン技術開発センター」はNASA(アメリカ航空宇宙局)の技術仕様に適合する高度の技術を持っていて、スペース・シャトルのプロジェクトに参加が認められているスペイン唯一の機関であり、今後のMCCの事業展開にとっても重要な役割を担っている。


(2)EUの銀行と肩を並べる金融機関

 1959年に設立された労働人民金庫(CLP)はMCCの事業と雇用の拡大のための資金面を担ってきた。同時にMCCの発展のための経営指導、監査を始め、企画、調査といったグループ全体の本部機能を果たしてきた。しかし80年代後半からのEC統合という状況の変化に対応するグループの統括機能をMCCの連合体に移す必要が生じたため、CLPは本来の金融業務に特化させることになった。そして名称も「労働金庫」に改めて新しいスタートを切った。

  最近ではMCC各企業のCLPへの依存度は低下してきており、全体の貸付に対する比率は20%程度になっている。現在では労働金庫は地方自治体と提携して地域開発支援を行い、地域の資金を協同的に管理し、供給する金融拠点の役割を果たしている。各国の大銀行が展開するヨーロッパの金融界で常に30位以内に入っており、バスクという1地方の銀行としては目覚ましいのもがある。

  MCCの側でも自力で資金調達を行い、他の銀行との取引網を拡充するなどの努力を続けてきた。こうしたことで労働金庫との関係が以前に比べて疎遠になったことは否めない。労働金庫の他に共済、保険と社会保障部門を加えた「社会保障協同組合(ラグン・アロー)」があって金融グループを形成している。社会保障協同組合は労働者組合が失業した場合に賃金補償を受け持つ部門で、掛金は労働者組合員の賃金からの天引きと各協同組合の拠出で っているが、他の企業に比べると労働者の負担が少なく、補償が手厚いのが特徴である。

(3)大きく発展する流通部門

 流通部門はエロスキーグループが担い「エロスキー/ハイパー」と呼ぶ大規模のハイパーマーケットを74店(内21店舗がフランス)経営している。この他「エロスキー/センター」という中型のショッピングセンターを489店、「エロスキー/シティ」というスーパーマーケットを157店展開している。エロスキー生協と子会社で展開しているもので、売上高6,453憶円でスペイン国内ではフランスから進出しているカルフールに次いで第2位である。この他スポーツセンターやガソリンスタンドを経営している。バスクの内の3州はフランス南部にあり、EU加盟で国境はあってない存在であって、通貨としてユーロが共通に使われているので、人口が多く、経済力も高いフランスに進出している。逆にフランスからもどんどん進出してきており、これらを受け止める市民の間に違和感はない。

  エロスキー生協はMCCに共通の労働者組合員の他に消費者組合員制度を併用している。これは日本の生協の組合員と同じように考えていい。生協は買い物をする組合員が中心なので、低額の出資金で加入して貰う方法をとっているわけである。消費者組合員と労働者組合員が総会の代議員を半数づつ分けあって運営している。また最近では組合員労働者でなく普通の労働者としてMCCで働きたいという若者も出てきており、この人たちは賃金労働者として雇われている。この層はエロスキー生協の場合で20%を越えている。「エロスキー生協グループ倫理規定」を策定し、そのもとき「倫理的管理規定」を設けて消費者と労働者による管理を呼び掛けている。また年間利益の10%を「エロスキー財団」に寄付して、組合員が消費者運動、平和運動、環境運動、NGO運動に取り組むための費用に充てている。

(4)教育活動の発展とモンドラゴン大学

 フランコ独裁政権時代にバスク語の教育を禁止され、民族の誇りが奪われてきたのをアリスメンディアリエタ神父が教育を再生し、MCCにおいても教育を重視してきた。当初は多くの教育協同組合を設立して義務教育も実施していたが、後にこの部分が自治体に移管されたので、現在は職業訓練学校とモンドラゴン大学だけを運動している。モンドラゴン大学は工学部、経済学部、人文・教育学部の3学部からなる学生数4000人の総合大学である。学生はバスクだけでなく、スペイン全土とヨーロッパ諸国から集まっている。

  人文・教育学部では小、中、高のバスク語教師の養成もしている。モンドラゴン大学には大学院過程もあり、学部4年、修士2年、ドクター3年の他、ビジネススクールもある。学生寮が完備している他、アルコープという学生が働きながら学べる協同組合がいくつもある。この他3つの学部にはそれぞれ協同組合がある。モンドラゴン大学自体が協同組合方式で学生、教職員が組合員で運営になって運営している。

  種々の研究所をもっているが、現在テクノパークを作ってそれらを集約する計画を立てている。大学への研究委託はMCCグループ企業からだけでなく、他の企業や自治州の政府、中央政府からもきている。MCCは世界中で事業を展開しているので、国際感覚に優れた人材を養成することが求められている。スペインの18才人口は減っていて、各大学とも定員維持が大変だが、モンドラゴン大学は応募者が増えていることのことである。

MCCの成功の要因としては次のようなことが挙げられます。
1、バスクの歴史が育んだバスク人の不倒な精神と努力
2、アリスメンディアリエタ神父の経営哲学による指導
3、モンドラゴン協同組合原則に基づく創造的実践
  
  残念ながらMCCのようなグローバル経済に対応できるような総合的で、大規模な労働者による協同組合企業は現在のところ他にはみられない。しかし社会的企業と呼ばれる新しい分野の事業は多くの国で、多様な形態のもと行われており、その前途は大きく開けていると云える


4.「社会的企業」が目指すものと諸形態

社会的企業(Social Enterprise)というのは社会的課題の解決を目指す企業体のことである。社会的課題は現代社会の矛盾として発生する諸々の問題で、「貧困」、「差別」、「失業」、「環境破壊」等々多くのものがある。これらに対して慈善事業でなく、収益を上げるビジネスとして進めるものである。どのように意義がある活動でも財源を寄付やチャリティに依存し、ボランティアの無償労働で進めるのは限界がある。従って収益を上げてゴーイングコンサーンの事業として進めるのが「社会的企業」である。
明治大学の中川雄一郎教授は次のようなマイク・ゴードンによる「社会的企業の基準」を紹介している。
1)その起源を地方のコミュニティにもち、また資本・国家・社会という伝統的構造によって見放されたという意味で、しばしば逆境から起業する。
2)事業的目的と社会的目的の双方を達成することによって、地方のコミュニティのニーズと社会的ニーズの双方を満たす。
3)地方のコミュニティに権限を与えようと試みるだけでなく、地方の経済に対する大きな影響力と地方の経済をコントロールする能力とを発揮しようと試みる。
4)非営利組織(Not-for-Profit Organisations)である。
5)地方において自らの努力を維持することを目指し、また自らの資産はその地方のコミュニティのために信託される。
6)平等と協同に基づいて構成員の参加を促進する。
7)社会的企業間の相互協同と社会的経済の他の事業体との相互協同を促進する。

MCCは多くの面でこの基準に合致する社会的企業である。MCCは協同組合方式を採っていて社会的協同組合に分類される。社会的企業の形態には多様なものがある。中には株式会社形態で事業を行うものがあるが、通常の株式会社と社会的企業の株式会社の違いは、利潤追求を目的にするかどうかにある。社会的企業は収益は上げるがそれは社会的課題の解決というミッションのためであって、収益を上げることが目的ではない。グローバル化する資本主義企業に対してのオルターナティブとして、社会的協同組合や社会的企業の果たすべき役割はますます重要になっている。以下各国におけるにこれらの組織の活動の実態を紹介する。

1)イギリスの場合
 生協運動発祥の地であるイギリスはこの分野でも先進的な役割を果たしている。社会的協同組合はもとよりソーシャル・ファーム、従業員持株会社、開発トラスト、クレジット・ユニオン、コミュニティ・ビジネスなど多様な形態は所有形態や管理形態・職業訓練、農業、漁業、コミュニティーでの運輸サービスなどである。かつて盛んであったMCCのような工業協同組合は規模と技術面の問題から ど姿を消している。しかしブレア政権時代に「福祉から仕事へ」という社会的企業が自己雇用を行う「雇用創出」政策によって伸張し、55,000人が仕事に従事し、年間で660億円の利益を上げるまでになっている。

2)イタリアの場合
 社会的協同組合は独自の法律(法律381)をもって活発に活動している。通常の人の組織とハンディーキャップをもった人の組織があり、前者は主として社会支援事業(ホームヘルプ、介護サービスなど)と教育サービス、後者は農業、工業、商業、サービス業と多様な活動をしている。両者合わせて7,000もの組織があって雇用創出の役割を担っており、国は税金面での優遇措置を設けるなどの支援をしている。

  イタリアの特徴は協同組合間協同が活発なことで、それによって社会的協同組合の事業が一層発展している。その他のEU諸国でも社会的協同組合の活動は盛んで、EU本部のあるブリュッセルには「ヨーロッパ労働者協同組合連合会」(CECOP)があり、33ヵ国の組織が加盟している。アメリカでも社会的協同組合と社会的企業の活動が行われている。一般企業との厳しい競争にあって敗退する組織もあるが、それにもめげず活動を続けているのがアメリカの特徴である。

3)韓国の場合
 2007年に「社会的企業育成法」が施行された。雇用創出の一貫としての「仕事おこしと自律運動」を目指す社会的企業の活動を受けての成果である。法律が指定する事業は教育、保健、社会福祉から環境や文化面にまで及んでおり、国と自治体は社会的企業・の設立、運営に必要な敷地の購入費、施設費などを支援するために融資したり、国・公有地を賃貸すると定めている。これによって韓国の社会的企業の活動が一段と活発になることが期待される。

 


5.新しい可能性を開いたグラミン銀行

社会的協同組合や社会的企業がもっとも必要とされながら、これまで開発途上国にはその活動がそれほど根付かなかった。しかしムマハド・ユヌス博士によるグラミン銀行の成功で、今後に大きな展望が開けてきた。バンラデッシュは世界の最貧国である。多くの農民は土地を持たず、地主に高率の年貢を納めて小作に従事している。その上それほどが種子や肥料、内職の材料を手に入れるために高利貸しから借金をしている。こうした人々を救おうとチッタゴン大学経済学部長であったユヌス博士は1972年職を投げ打ってグラミン銀行を設立し、貧困者へ少額融資制度(マイクロクレジット)を開設し、農村で仕事を興して貧困から脱出することを奨めた。今日では78,000もの村で、700万人の貧しい人たちに融資している。グラミン銀行は当初から借り手の半数以上を女性にするという方針を定めて実行してきた。女性は多くの子供を育て、舅・姑に仕えながら貧しさの中で生活のやりくりをしている。ユヌス博士はこうした女性たちに正統な権利を与え、生活とコミュニティを変える力
にしようとしたのである。その結果借り手の97%が女性で貸付総額5,760億円、返済率は98.6%という驚くべき実績になった。これによって借り手の64%の人々が貧困ラインを越えることができたという。グラミン銀行は「単にお金を貸し付けるだけでなく、生活の質を高めるための16の決意という価値観を浸透させる」ことを実践している。
グラミン銀行「16の決意」
1、私達はグラミン銀行の4つの原則(規律、団結、勇気、勤務)に従い、私達の人生のあらゆる歩みの中でこれを推進する。
2、繁栄は家族のために
3、私達は荒廃した家には住まない。まず第一に家を修繕し、新しい家を造るために働く。
4、私達は一年を通じて野菜をつくる。私達はそれを豊富に食べ、余った分を売る。
5、私達は耕作期にはなるべく多くの種をまく
6、私達は家族を大きくしないように計画する。支出を抑え、健康に気を遣う。
7、私達は子供たちを教育し、子供たちが自分の教育費を払えるよう保証する。
8、私達は子供と周囲の環境を清潔に保つ。
9、私達は穴を掘ったトイレをつくり、使う。
10、私達は筒井戸から水を飲む。もし井戸がない場合は、水をわかすか、ミョウバンを使う。
11、私達は息子の結婚式で結納金を貰わず、娘の結婚式にも結納金を持っていかない。私達は結納の呪いから距離を置く。私達は幼年での結婚をさせない。
12、私達は不正なことをせず、また他人に不正なこともさせない。
13、私達は共同でより大きな投資を受けることにより、より多くの収入を受ける。
14、私達は常にお互いを助けあえるように用意する。もし誰かに困難があれば、私達は全員で彼または彼女を助ける。
15、もしどこかのグループが破じょう しそうだと判ったときは、私達はそこへいって回復を手助けする。
16、私達はすべての社会活動に共同で加わる。

 グラミン銀行の会員は地域ごとに毎週1回集まりを持ち、返済があれば参加している職員に渡し、新たな借入があればその場で受け取る。新たな貸付は皆の了解のもとに行われる共同貸付のようなものである。しかし連帯保証ということではなく、返済が困難になった人は仲間の助言と励ましを受けて努力を続ける。会合は「16の決意」を全員で唱和することから始まる。

  バングラデシュの女性の識字率は30%にみたないので読めない人もいるが、毎回唱和している内に全員が暗記してしまう。内容は生活改善にとって重要なことばかりである。特に6.の家族計画、7.の子供教育、8.9.10の衛生管理と環境保全は重要である。また11.の多額の結納金はインド、パキスタン、バングラデシュに共通の悪弊で、結納金が少ないために娘が嫁入り先で虐待されて死に至るといったことが起きる。そのため結納金そのものをなくそうということである。14.15.16はお互いの助け合いで、これによって皆の生活が護られていくのである。

  こうした活動が評価されてユヌス博士とグラミン銀行は2006年ノーベル平和賞を受賞した。ユヌス博士はグラミン銀行を母体にして多くの社会的企業を起こしている。ノーベル賞受章の年にフランスの大手乳製品メーカーのダノンと共同出資で、『グラミン・ダノン』を設立し、栄養不足の農村部の子供たちに栄養価の高いヨーグルトを食べさせる事業を始めた。農村で生産する牛乳を原料にすることで村が潤い、子供の健康が維持される一石二鳥の方法である。10万人の子供たちが1パック5タカ(7円)で、週に2回ヨーグルトを摂取しているということである。

  グラミン・グループはこの他多くの社会的企業を開発して、バングラデシュ国民の生活改善に寄与している。フランスの世界最大の水処理システム開発会社ウ゛エリオとの合弁で組織した『グラミン・ウ゛エリオ・ウォーター』は、水の浄化によってバングラデシュ国民の健康維持に努めている。また教育支援の『グラミン・シッカ』は貧しい過程の学生への奨学金支給を行い、35,000人が恩恵を受けているとのことである。また携帯電話貸し出しの『グラミン・ホーン』は今やバングラデシュ有数の大企業に発展している。このように25のグループ企業が生活に根ざした各種の分野で活躍していて、『グラミン・ファミリー』と呼ばれている。

  国際的にはグラミン銀行が組織したマイクロクロジットは現在、東南アジア、アフリカ、南米の開発途上国100ヵ国以上で実施されている。『グラミン・トラスト』は海外の事業の指導と支援のための組織で、マイクロ・クレジットの立ち上げ、運営、引き渡しまで総合的に対応している。3年ごとに「マイクロ・クレジット・サミット」という国際会議が開かれ、130ヵ国以上が集まって共通の問題を討議し、到達目標を決めている。世界でマイクロク・レジットの会員を1億世帯までもっていくという目標は既に到達し、現在は1億5千万世帯を目指して努力しているとのことである。ユヌス博士は今回の金融危機について、次のように云っている。

「金融危機の原因は市場への過度な信頼である。そして最大の被害者は30億人の貧困層である。社会的貢献目的の新企業モデルを市場にして、誰もが分け前を取れるグローバル化を進めるべきだ」
 ユヌス博士はグローバル化は誰かが設計したものではなく、その過程は変えられない。問わなければならないのは、正しいグローバル化か、間違ったグローバル化かということ。強く豊かな者がすべてを取り、弱く小さい者は何も手に入らないのではなく、公平に分け前を取れるようにすべきだという。社会的企業を市場に正しく位置づけることで、正しいグローバル化の一歩にしようと主張しているのである。


6、「社会的企業」の将来と日本での展開

 日本では生活クラブ生協のワーカーズコレクティブと労働者協同組合(ワーカーズコープ)が協力しあって活躍を進めてきた。前者は女性が中心になって地域での生活関連事業の仕事おこしと運営、後者は自治体の公園などの清掃や生協の物流センターでの商品のセットや品出し作業を受託したり、資格をとって介護サービスに従事したりということである。国際的にみれとこの活躍は社会的協同組合方の分野で、前述のイギリス、イタリア、韓国を始め、多くの国で「社会的協同組合方」「産業共同所有方」「生産労働者協同組合方」「産業経済協同組合方」といった独自の法律のもとに設立され、運営されている。日本でもこの活動は参加者3万人、事業高300億円を上げるまでになっていて、これをもとに「協同労働の協同組合法制化市民会議」を組織して法律の制定作業を進めている。これまで準備のために長い年月がかかったが、実現のために168人の国会議員による超党派の議員連盟が組織されて、遅くない時期に法律が制定される機運になっている。法律が制定されて「協同労働による協同組合」が発足すれば、ざっと考えただけでも次のような多くの分野で活動を始めることができる。

・高齢者ケア
・給食サービス事業
・地方自治体や公共機関との提携によるコミュニティ
・サービス事業
・農業、生協、森林組合等既存協同組合との提携による補助事業、サービス事業
・コンピューター・ソフトの開発事業・建物の設計コンサルタント事業
・倒産の危機にある有用な企業を共同所有のもとに再生し、運営する事業
・地場産業を協業化して集団運営する事業など

 金融危機によって多くの職場でリストラが強行され、貧困化と差別化が進行している。こうした時にこそ、従来の雇用労働だけでなく、働く人々自身が出資して協同組合を組織したり、共同出資の企業体を作って自ら運営するということが重要になる。職を求める「求職」という働き方から、仕事を創り、職を担う「創職」「担職」といった考え方の導入である。それは68年前にバスクでアリスメンディアリエタ神父の呼びかけで創られたMCCの事業の原型であって、現在ヨーロッパを中心に社会的協同組合、社会的企業として広がっているものである。これまで立ち遅れていた日本でも、 くこれらの事業が展開できる時期に入ってきたと云える。

《参考文献》
『バスクとバスク人』渡部哲郎著 平凡社新書

『バスク民族の抵抗』大泉光一著 新潮新書

『スペイン戦争』齋藤孝著 中公新書

『南 へのみち』-バスクとそのひとびと 司馬遼太郎著『街道をゆく』文藝春秋
『アリスメンディアリエタの協同組合哲学』ホセ・アスルメンディ著 石塚英雄訳 みんけん出版
『モンドラゴンの創造と展開』-スペインの協同組合コミュニティ ウィリアム・ホワイト/キャサリン・ホワイト著
佐藤誠・中川雄一郎・石塚秀雄訳 日本経済評論社
『モンドラゴングループとグローバル化と子会社形成問題』(研究論文)石塚秀雄 『貧困のない世界を創る』-ソーシアル・ビジネスと新しい資本主義
ムハマド・ユヌス著 猪熊弘子訳早川書房 『社会的企業とコミュニティの再生』-イギリスでの試みに学ぶ 中川雄一郎著 大月書店