
第発言Resumeと感想
1.Resume
1) 私には、固定した「生死観」はない。
三水会8月例会は合宿形式で、メンバーが「生死観」について紹介したい本と、夫々の所見を語ることが予定されていると聞いたとき、この会は非常にユニークな会であるという印象を持った。伊藤幹事が何度も「重い」テーマといわれたが成程「生死」の問題は人間誰にとっても「重い」テーマかも知れない。
反面動物の中で霊長類と分類されている人間も、所詮動物であり「生死」はいわば自然の摂理で、ふつうの人は余り真剣、深刻に考えていないと思う。自分の意思と関係なく生まれ、自分の意思がどうあろうといつの日か天に召される、或いはこの世を去るときが来る。生死 は自然のサイクルそのものである。
重病を患ったことがない私は「死」を自分の問題として深く考えたことはない。70年近く前に父が、12年前に妻が、昨年母が他界した。その都度「生と死」について考えさせられた。
2) 最近日野原重明/星野富弘両氏の「いのちを語る」対談、「たった一度の人生だから」を読んで、人は全人格的なインパクトを受ける重大な体験をすると、「生死」についてつき
つめて考え、「これからどう生きるか」を決めるのだということが理解された。両氏は全く異質であるが、生命の危機の瀬戸際を体験されて、以後の人生をリセットされた。
私の尊敬する80歳台の先輩は、約20年前の外科手術の失敗で下半身不随、車椅子生活を余儀なくされた。絶望に苛まれつつ、病床で「日中友好」に残りの人生の全てを捧げる決意を固め、身体の障害をものともせず私財を投じて、50回以上訪中し生涯目標の実現に尽力されている。
すぐれた先輩や尊敬に値する人を見ると、やはり「どう生きるか」「生きざま」が人生、人の道には決定的に重要と思う。私は近年、「愉しく意義ある時間を増やす」ことをモット−にしている。具体的には、できるだけ人の話を聴く、意見を交わす、そして考える。考える場合「ソリュウション―解決策に至るまで考え抜く」ことに努めている。最も関心のあるテーマは日本の教育問題と安全保障(憲法問題を含む)、それと国際問題では中国・中近東である。
人のため、世のために何ができるか、私のこれからの課題である。
3) さて「死」について。
昨年母を送るとき、キリスト教の指導者と信者が中心となって、祈りと送る言葉をささげていただいた。今年妻の誕生祝と偲ぶ会を、友人・家族と共にした。
この二度の席で、人は死んでもその「たましい」は、いき続けることが体感された。私の愛唱歌「千の風になって」は、人が死後「風」になって生き続ける、いのちは永遠に不滅であるという、「死と再生の詩」である。私はこのこころを抱いて、この歌を歌い続けたい。またそのためにも、意義ある生き方をすることが何より大切だと思う。まさに「棺を蓋いて事定まる」である。
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