「 この1冊と私の死生観」
                 

瀬戸内寂聴著         秘花 
              
 
                                         

小寺 隆三  (73)
1994年伊藤忠商事(株)を退社。
1995年からクアルコムジャパン(株)で
CDMA携帯電話方式を日本に導入するための
規格化を手伝い1999年退社。

  能の大成者として一世を風靡した世阿弥(1363−1443)が七十二歳の時、身に覚えのない咎により佐渡へ流され、八十過ぎまでの歳月の中で、どのような死を迎えたか。
「わたしがはじめてお師匠さまにご引見させていただきましたときは、お師匠さまがもったいなくも佐渡へ御配流なされた年の秋でございました。 七十二歳でいらっしゃいました。私は三十一になっておりました。」

 「はい、お師匠様とのご縁は、最初のご配所の新保の万福寺から、この泉の正法寺に移られてから間もなくでございます。 ここの語り部のかの婆さまからのお引き合わせでございました。」
「ある日、婆さまと正法寺のご住職さまから、世阿弥さまのお世話をするようにと命じられたのでございます。すみこみでなく、通いでございます。子供は十二になっておりましたので、一緒に参ってお寺のご用などつとめさせていただけるということでした。」
「わたくしがお耳の遠くなったのに気づいたのは、ある春のことでした。
お師匠さまの庵になれたころでございます。」
「実はお師匠さまは、後年、お目を悪くされ、ものをお書きになれなくなった頃から、どう思し召したのか、わたくしに語り部の役をお命じになられて、
『これから話すことは、すべておまえの頭に畳み込んでおいて、やがて元徳(もとよし)か、禅竹(ぜんちく)が来島した時、すべてお話し申し上げよ』とお命じになられたのでございます。
はい、それはもう、最後の最後まで、新しいお能の創作に対する意欲は持ちつづけていらっしゃいました。」
「島に渡られて以来、二、三年の間は、やはり、都に帰れる日を心ひそかに期待していられたのではないでしょうか。
けれども、耳や目がご不自由になられてからは、都へお戻りになることはすっかりあきらめていらっしゃいました。
そこへ奥方さまが、突然おたおれになって、そのまま、意識の戻ることなく、ご他界遊ばしたとのお知らせが届きました。」
「義教将軍が非業の死(1441)をとげられたとの知らせが禅竹様から届いたのは、奥方さまが亡くなられて、半年もたたない時でございました。」
「赦免が来ても私は京へは帰らない。すぐ禅竹に手紙をだしてくれ。佐渡はこの世の地獄と覚悟して来たが、私にとってはむしろ極楽だったのかもしれぬ。沙江には気の毒だが、ついでのことに私の死水を取ってくれ。もうさほど遠い先ではないだろう。『世阿弥元清妙なる金島に死す』と、後世の人に伝えてほしい。」
「この年、お師匠さまは七十九歳におなりでした。」
「はい、それから二年の歳月、それはおだやかな、うるわしい日々をふたりで過ごさせていただきました。」」

「人間であること」時実 利彦著

 人間であることは他の動物と違い生の営みを分担する脳の仕組みとして、脳幹・脊髄系と大脳辺縁系と新皮質系の三つの統合系を設定することによって特徴づけることができる。すなわち、諸々の人間行為は、意識のない静的な脳幹・脊髄系によって「生きている」姿を基盤として展開され、意識のある動的な大脳辺縁系で営まれる本能と情動の心でかりたてられるたくましく「生きてゆく」姿と、新皮質系で営まれる知・情・意の精神によってあやつられ、学習によって経験を積み、変化する外部環境に適切に対処していく適応行動と、未来に目標を設定し,価値を追求し、その実現をはかろうとする創造行為とによって人格的存在者として「よく生きてゆく」姿に現される。

 しかしながら、加齢とともに「生きている」部分が機能低下を来たし、遅かれ早かれ最後を迎えることになろう。それがこれから何年先になるかが見通せれば、それにあわせ身の回りを整理してゆくことになろう。

 人間は死ねば他の動物同様に放置されれば白骨化し土にかえることになる。然し、死者の周りの人々は放置することはない。 いろいろな仕来り、習慣にしたがってお祭りをして死者を弔おうとする。 然しそれは死者のためというより、生き残っている周りの人々の悲しみや思い出を整理して死者が仲間から去っていった区切りをつける知恵である。
長い人類の歴史において人類の創造行為は様々な弔いの文化を創り出してき、さらに新たなものも生まれてくるであろう。 
我々夫婦は高野山真言宗で永代供養をおねがいし、子供たちの家族らを煩わしい法事から解放してやりたいと考えている次第です。


 

<平成19年8月三水会例会参考資料・・・>

 特別対談:
老いること、死ぬこと (文芸春秋 2007年9月特別号)
瀬戸内寂聴・石原慎太郎
老いてこそ人生―世阿弥と釈迦から学ぶ死生観           

瀬戸内「私はこの五月に『秘花』という世阿弥の晩年を描いた小説をだしたんですけど、自分自身八十歳を越えて、いよいよ肉体的な衰えを越えて感じるようになったことが、この本を書くきっかけでした。」
石原「じゃあ瀬戸内さんが自分の老いを感じだしたのは八十歳ぐらいということ。」
瀬戸内「実は、八十五歳のいまもまだ感じてないのよ」(笑い)

老いずに衰弱した三島由紀夫
石原「『老い』と言えば、三島由紀夫さんほど、『老い』を怖れ憎んだ人をしりません。」
瀬戸内「三島さんは老いる事が怖かったんですね。 あんなに怖がるというのは、どういうことかしら?」
石原「三島さんは、ボディービルをやりだしてから、すごく自信を持っていました。・・」

出家の本当の理由は?

 石原「男にとって、年をとるほど、女性は官能的なものになってきます。 それはセックスするとか、しないとかじゃありません。 例えばゴルフ場で、若いキャディがボールを拾うとしてしゃがむでしょう。 そうするとお尻の線がくっきりでる。 そのとき感じるエロティシズムは、決して情欲的なものじゃなくて、端的に肉感的なものなのです。 ああ、美しいな、若くていいなと思う。・・・ああっ、きれいな子だなとか、官能的だなあと感じることには若い頃より敏感になったな。」
瀬戸内「私は芸術はエロスだと思っているんです。だからエロスの匂いのないものはイヤなの。・・・」
瀬戸内「女を見てきれいだと思うのは、ワクワクしている証拠。 それがなくなったらダメです。 私はそれがなくなりつつあって、一生懸命かき立てているんです(笑い)。 それがないと小説は書けません。」
石原「出家の本当の理由は書いてないですね。なにがきっかけなの?
瀬戸内「あのときは小説の連載もたくさん抱えていたし、おつきあいしている男性もいました。でもそういうものにも飽き飽きして、見るべきものは見た、と思ったから出家したんです。他人より濃い生活していましたからね。」
石原「いやいや、それは本当の理由じゃないでしょう(笑い)。まだ言えないのかな。」
瀬戸内「ふふふ。ただ出家したのは五十一歳の時だったから、ちょっと早まったかなとも思いますけど(笑い)。


死は最後の未知、最後の未来

石原「僕はこのごろむしろ、『老い』の先にあるものを考えると面白い。やっぱりボケずに死にたいんです。なるほど自分はこうやって死んでいくんだ、と思いながら死んでいきたいなあ。ウラジミール・ジャンケレヴィッチっていうソルボンヌ大学の哲学の主任教授が、『死とは何か』という面白い本を書いています。いろんなアングルから『死』について考察して、彼に言わせると『死』は、人間にとって最後の未知なるもので、最後の未来だと。だから、このとしになると、自分自身の死について、尽きせぬ興味がある。」
石原「僕は僕なりの解釈で『法華経』をよく読むんですが、お釈迦様はとっても大事なことをおっしゃいます。 お釈迦様が、私とおまえは師であり弟子である同じ関係を繰り返すんだよ、何千年前もそうだったし何千先も年そうだといっているのは、『輪廻転生』という言葉だけではわかりにくくて、現実を超えた遠い遠い過去での人間関係がレファーされて、いまのじぶんがあり、未来もあると言うことになるんです。それを哲学として説いたのは、仏教だけです。『法華経』を読むと、時間や空間という概念がほんとによくでてきて、それは現代数学で言う集合論にとても近い。 まあこれは、漢訳をした鳩摩羅什の創作かもしれませんが。
そもそも哲学は存在と時間を考える学問として発生したわけです。 そして存在の先には必ず消滅としての『死』がある。ジャンケレヴィッチは、『人間はだれもが必ず死ぬと言うことを知っている。しかし、この自分が必ず死ぬことを信じていない。』とも言っています。
『死』についても、その前提である『老い』についても、誰しも知って心得てはいるが、それがいざ自分のこととなると誰も信じたがらない。 そのへんが人生の味わいであり、人間の弱さであり、面白さだと思いますね。」

「あの世」と「この世」

石原「・・・私は、仏教愛好者けど、仏さんの言っていることを聞いていると、救われるんですね。」
瀬戸内「仏教徒は、『死』が終わりと思ったら宗教者になれません。『あの世』があると思うところに仏教がある。 でも他の宗教も似たりよったりじゃないですか。 キリスト教徒だって天国を想定します。 私は肉体は焼かれても、魂はあると想っています。でも、今大ヒット中の『千の風になって』私の魂はお墓にいません。どこかを風になって飛んでいますーーなんてことを言われたら、坊主は困ります。」

日野原重明さんの階段二段飛び

石原「日野原重明さんが『ちょっとしたことを設定して、それに挑戦すると力が出てきますよ』と言うんです。
瀬戸内「日野原先生は階段を二段飛びなさいますよ。 私はこの目で見ています。」
瀬戸内「死んであの世へ行ったら、向こう岸にズラーっと、仲良くしていた男たちが並んでたりして。 その夜は歓迎パーティよ。 死もまた愉し。」

 
 
氏  名
紹介本とテーマ
 
伊藤 公博 二宮翁夜話   福住正兄著
岡本 好廣 われわれは何故死ぬのか   柳沢桂子著
栗生 晴夫 人は死ねばゴミになる   伊藤栄樹著
森   毅一 万物の死   小原秀男編
小寺 隆三 秘花   瀬戸内寂聴著
木村  勉 日本人の死者の書―往生要集の
(あの世)と(この世)
大角修著
湯沢 勝利 “How to”の視点からの死生観  
伊藤 公胤 西行花伝   辻邦生著
平井  保 夜と霧   ヴィクトール・E・フランクル著
野口 幹夫 主を覚え、 死を忘れるな   雨宮栄一著
堀添 勝身 民族の潜在意識は神話を見よ  
小関  栄 生命の暗号上、下   村上和雄著
鈴木  登 たった一度の人生だから  日野原重明・星野富弘 対談