<平成19年8月三水会例会参考資料・・・>
特別対談:
老いること、死ぬこと (文芸春秋 2007年9月特別号)
瀬戸内寂聴・石原慎太郎
老いてこそ人生―世阿弥と釈迦から学ぶ死生観
瀬戸内「私はこの五月に『秘花』という世阿弥の晩年を描いた小説をだしたんですけど、自分自身八十歳を越えて、いよいよ肉体的な衰えを越えて感じるようになったことが、この本を書くきっかけでした。」
石原「じゃあ瀬戸内さんが自分の老いを感じだしたのは八十歳ぐらいということ。」
瀬戸内「実は、八十五歳のいまもまだ感じてないのよ」(笑い)
老いずに衰弱した三島由紀夫
石原「『老い』と言えば、三島由紀夫さんほど、『老い』を怖れ憎んだ人をしりません。」
瀬戸内「三島さんは老いる事が怖かったんですね。 あんなに怖がるというのは、どういうことかしら?」
石原「三島さんは、ボディービルをやりだしてから、すごく自信を持っていました。・・」
出家の本当の理由は?
石原「男にとって、年をとるほど、女性は官能的なものになってきます。 それはセックスするとか、しないとかじゃありません。 例えばゴルフ場で、若いキャディがボールを拾うとしてしゃがむでしょう。 そうするとお尻の線がくっきりでる。 そのとき感じるエロティシズムは、決して情欲的なものじゃなくて、端的に肉感的なものなのです。 ああ、美しいな、若くていいなと思う。・・・ああっ、きれいな子だなとか、官能的だなあと感じることには若い頃より敏感になったな。」
瀬戸内「私は芸術はエロスだと思っているんです。だからエロスの匂いのないものはイヤなの。・・・」
瀬戸内「女を見てきれいだと思うのは、ワクワクしている証拠。 それがなくなったらダメです。 私はそれがなくなりつつあって、一生懸命かき立てているんです(笑い)。 それがないと小説は書けません。」
石原「出家の本当の理由は書いてないですね。なにがきっかけなの?
瀬戸内「あのときは小説の連載もたくさん抱えていたし、おつきあいしている男性もいました。でもそういうものにも飽き飽きして、見るべきものは見た、と思ったから出家したんです。他人より濃い生活していましたからね。」
石原「いやいや、それは本当の理由じゃないでしょう(笑い)。まだ言えないのかな。」
瀬戸内「ふふふ。ただ出家したのは五十一歳の時だったから、ちょっと早まったかなとも思いますけど(笑い)。
死は最後の未知、最後の未来
石原「僕はこのごろむしろ、『老い』の先にあるものを考えると面白い。やっぱりボケずに死にたいんです。なるほど自分はこうやって死んでいくんだ、と思いながら死んでいきたいなあ。ウラジミール・ジャンケレヴィッチっていうソルボンヌ大学の哲学の主任教授が、『死とは何か』という面白い本を書いています。いろんなアングルから『死』について考察して、彼に言わせると『死』は、人間にとって最後の未知なるもので、最後の未来だと。だから、このとしになると、自分自身の死について、尽きせぬ興味がある。」
石原「僕は僕なりの解釈で『法華経』をよく読むんですが、お釈迦様はとっても大事なことをおっしゃいます。 お釈迦様が、私とおまえは師であり弟子である同じ関係を繰り返すんだよ、何千年前もそうだったし何千先も年そうだといっているのは、『輪廻転生』という言葉だけではわかりにくくて、現実を超えた遠い遠い過去での人間関係がレファーされて、いまのじぶんがあり、未来もあると言うことになるんです。それを哲学として説いたのは、仏教だけです。『法華経』を読むと、時間や空間という概念がほんとによくでてきて、それは現代数学で言う集合論にとても近い。 まあこれは、漢訳をした鳩摩羅什の創作かもしれませんが。
そもそも哲学は存在と時間を考える学問として発生したわけです。 そして存在の先には必ず消滅としての『死』がある。ジャンケレヴィッチは、『人間はだれもが必ず死ぬと言うことを知っている。しかし、この自分が必ず死ぬことを信じていない。』とも言っています。
『死』についても、その前提である『老い』についても、誰しも知って心得てはいるが、それがいざ自分のこととなると誰も信じたがらない。 そのへんが人生の味わいであり、人間の弱さであり、面白さだと思いますね。」
「あの世」と「この世」
石原「・・・私は、仏教愛好者けど、仏さんの言っていることを聞いていると、救われるんですね。」
瀬戸内「仏教徒は、『死』が終わりと思ったら宗教者になれません。『あの世』があると思うところに仏教がある。 でも他の宗教も似たりよったりじゃないですか。 キリスト教徒だって天国を想定します。 私は肉体は焼かれても、魂はあると想っています。でも、今大ヒット中の『千の風になって』私の魂はお墓にいません。どこかを風になって飛んでいますーーなんてことを言われたら、坊主は困ります。」
日野原重明さんの階段二段飛び
石原「日野原重明さんが『ちょっとしたことを設定して、それに挑戦すると力が出てきますよ』と言うんです。
瀬戸内「日野原先生は階段を二段飛びなさいますよ。 私はこの目で見ています。」
瀬戸内「死んであの世へ行ったら、向こう岸にズラーっと、仲良くしていた男たちが並んでたりして。 その夜は歓迎パーティよ。 死もまた愉し。」 |