| 先月のお話の続きです。(前回をみる)
私が最初にH氏宅を訪問したのは、モンゴルが国を開いてまだ数年の1996年の夏でした。
観光用のゲルではなく、遊牧民のゲルに泊まってみたいという願いに、ステイ先として紹介していただいたのでした。当時H氏は46歳、妻のDさんは44歳でした。信頼の置ける家族で以来、私は家族分となってきました。
H氏のゲルの前の人影が大きくなってきました。次女からの連絡を受けてDさんが待っていてくれたのです。しっかりと抱き合いました。「あなたのくるのをいつも待っていました」との言葉が嬉しく、久闊を叙し、家族の近況などを窺っていました。
しばらくするとヒツジの放牧に出かけているはずのH氏がウマに乗って戻ってきました。「妻から電話をもらって早く逢いたくて戻ってきたよ」とのことでした。H氏宅では、夫婦で連絡するために2台携帯電話を買ったそうです。購入形態はプリペイド形式で、通話料を定期的に支払いに出向けない遊牧生活では合理的な方法といえましょう。
以前知人と「広い空間に点在して住む遊牧民こそ、携帯電話が必要なのではないか」。「そのうちに遊牧民も携帯電話を持つようになるのかもしれないね」。などと話していたのですが、思っていた以上に早く現実のことになりました。
新しい物好きのH氏としては、このあたりでも携帯電話を真っ先に購入したに違いないと思って尋ねると、居住地域が通話可能圏になったので早速購入したそうで、まだ一ヶ月たっていないとのことでした。今、知人の番号を記した電話番号簿をつくるのが愉しく、早速、私の日本の電話番号も記入しました。日本に電話をかけると費用が高いことを慌てて伝えた次第です。
携帯電話を持っての感想は「声が聞けることが嬉しい」でした。日本の私たちには当たり前になって久しいことが、ここ草原ではとても新鮮なのです。

草原の生活は何でも自力でこなしていかなければなりません。 日常の仕事も男女で細かく分けられていますが、器用なH氏は乳製品つくりなどの妻の仕事も積極的に手伝う愛妻家で、進歩的な考え方の持ち主です。旧体制下では選ばれて戦車の操作を習うために、ソビエトに行った経験もお持ちです。外部世界の物事に対しても柔軟で、好奇心が強いのでしょう。
今日、怒涛のように様々なもの、情報が草原になだれ込んできています。そうした中でもろ手を挙げて便利さの追求に向かうのではなく、自分たちの生活スタイルを守りつつ新しく取り入れてみたいと思うものに向きあっていくH氏の姿に、遊牧民の持ってきた精神的な弾力性を感じたのでした。この弾力性こそが厳しい遊牧生活の存続を支えてきた支柱だと改めて思ったのでした。 |