第12回 シルクロードはミルクロード
                 酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授 石井 智美 氏 

 

《プロフィール》
いしい さとみ
北海道在住。酪農学園大学大学院博士課程修了・農学博士。
北海道大学大学院文学研究科修了・文学修士。
現在、酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授。専門は微生物学・栄養学・文化人類学。遊牧民宅で数回の住み込み調査を行うほか、民族飲料「馬乳酒」の持つ機能性について研究中。著作にアジア読本シリーズ「モンゴル」、「チーズの文化誌」(ともに河出書房新社)共著、「食と大地 」(ドメス出版)共著、「食文化入門」(弘文 堂)共著など

                           
 

 我々日本人は「西域」、「シルクロード」と聞くと、乾燥した過酷な環境にある種の詩情をかきたてられるようです。かくいう私も、80年代にNHKのシルクロード特集番組を見て、いつか行ってみたいと思ったのでした。

 乾燥といえば、モンゴル国の年間降水量は200〜300ミリです。ぴんときませんが、日本では低気圧のときの1晩の降水量です。このわずかな水で草原が維持され、家畜も生きてきたのです。

 シルクロードの定義は、「東は長安から西はローマに至る道」など、その定義は時代、研究者によって幅があります。ルートも多く、無数の人の往来、様々な文物の伝播がありました。
14世紀にはモンゴル高原からチンギスハンの子孫が、ヨーロッパへ騎馬で攻め入りました。遠征計画は緻密で、後方支援部隊は、戦士の乗り換え用の数万ともいわれるウマ群とともに、食糧のヒツジ、ヤギを太らせながら移動していたのでした。今日のトルコ共和国は、モンゴル族を祖としたオスマントルコの後身です。ゆえにモンゴルに関する第一級の資料は、イスタンブールのトプカプ宮殿にあるのです。所蔵された文書からは、ユーラシア大陸を席巻したモンゴル遊牧民の姿が鮮やかに浮かび上がってくるのです。

 そうした機動力のエネルギー源は乳製品でした。モンゴル族のつくる乳製品の1つに、「ウルム」があります。「ウルム」は乳脂肪を集めたもので、最も上等な乳製品といわれています。作り方は大量の乳を鍋で加熱し、乳成分の比重の違いを活かし、おたまで乳を上部に掬い上げ、静かに落とし乳脂肪を上に集めるのです。一晩静置すると手で取れ、そのまま食べるほか、再度加熱して乳製品をつくります。

 中国内蒙古自治区では、「ウルム」は「乳皮子」と呼ばれています。東に目を向けると、キルギスではかつて静置して乳脂肪を集めたものを「キルギスカイマク」と呼んでいました。トルコ、セルビア、ボスニアヘルセゴビナなどでも、同様の乳製品を「カイマク」と呼んでいます。

 


以前トルコで「カイマク」をつくっていた村を訪ねたのですが、その村の名前はなんとカイマク村でした。近くにはマルコポーロの隊商も通ったキャラバンサライが残っていました。



「ウルム」と「カイマク」と地域によって呼称は異なっていますが、まったく同じ乳製品です。遊牧民が移動した草原で、今も同じ乳製品がそれぞれの地でつくられているのは驚きです。「ウルム」の発祥は東方と想像するのですが、歴史の彼方ですね。シルクロードは、乳加工の技術が伝播した「ミルクロード」でもあるのです。