第9回 モンゴルのラクダ(2)
                 酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授 石井 智美 氏 

 

《プロフィール》
いしい さとみ
北海道在住。酪農学園大学大学院博士課程修了・農学博士。
北海道大学大学院文学研究科修了・文学修士。
現在、酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授。専門は微生物学・栄養学・文化人類学。遊牧民宅で数回の住み込み調査を行うほか、民族飲料「馬乳酒」の持つ機能性について研究中。著作にアジア読本シリーズ「モンゴル」、「チーズの文化誌」(ともに河出書房新社)共著、「食と大地 」(ドメス出版)共著、「食文化入門」(弘文 堂)共著など

                           
 

今月はラクダの乳酒とその効果の話。飲んで健康になるお酒なんて、左党には嬉しい話。もっとも飲めるのは地域限定ゴビだけですが。モンゴルで乳酒といえば、馬乳酒が有名ですね。その製造秘密は優秀な乳糖発酵性酵母の働きによるのです。

乳に含まれる乳糖は甘さを殆ど感じない糖の一種。これを餌に発酵してアルコールを作るのが乳糖発酵性酵母で、モンゴルでは優れた酵母を経験的に選抜してきました。ラクダの乳の特色は、脂肪分が高く、乳糖、ビタミンCが多いこと。乳を発酵させてドブロク状にした乳酒と、その蒸留酒がゴビ地方でつくられています。飲んだことのある人はそう多くはありません。


搾乳した乳を発酵容器に入れて攪拌しますが、乳を加熱することはありません。日本で同様のことを試みると腐敗してしまいますが高標高で、乾燥した地域ゆえに雑菌が少なく、生乳の発酵が可能なのです。ドブロク状でのアルコール度数は約3%。遊牧民にとってこのドブロク状のホルモグは飲みものであるとともに、チーズをつくる素でもあるのです。

我々は普段何気なく「これは酒」、「これはヨーグルト」と区別し、完成したものとして捉えていますが、モンゴルでは、発酵容器中に入っている場合はオンダー、それを碗に入れるとホルモグなど、同じものでも異なった呼び方をするのです。我々とはちがう「乳加工の概念」で捉えています。

生水を飲まず家畜の乳を飲む習慣のない遊牧民には、ホルモグを飲むことは、モンゴロイドの持つ遺伝形質である乳糖不耐症の症状緩和という点でも理に叶っています。さらには発酵によって、常温のまま置けない乳の保存を可能にすることは、食糧の確保の知恵だったと言えましょう。

軽い発泡性を持つホルモグは、コクがあり酸っぱいが乳の匂いが心地良く、慣れると癖になりそうな魅力があります。蒸留酒はすこし黄色みを帯びた透明なスピリッツです。

ホルモグを飲むと「足のむくみが解消する」、「妊娠中毒症に良い」、「内臓の病気に良い」、「利尿作用がある」といった効果が伝承されています。血圧の高い人は、ホルモグと一緒に砂漠にあるゴーヨと呼ばれる芋の一種を生で食べると、「高血圧が下がる」とのこと。試してみると涙が出るほど苦く、むせました。ラクダ乳酒にも健康効果があることに驚かされました。最近はラクダ乳の飲用療法がウランバートルの病院で行われています。