第8回 モンゴルのラクダ(1)
                 酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授 石井 智美 氏 

 

《プロフィール》
いしい さとみ
北海道在住。酪農学園大学大学院博士課程修了・農学博士。
北海道大学大学院文学研究科修了・文学修士。
現在、酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授。専門は微生物学・栄養学・文化人類学。遊牧民宅で数回の住み込み調査を行うほか、民族飲料「馬乳酒」の持つ機能性について研究中。著作にアジア読本シリーズ「モンゴル」、「チーズの文化誌」(ともに河出書房新社)共著、「食と大地 」(ドメス出版)共著、「食文化入門」(弘文 堂)共著など

                           
 

 日本でラクダというと、コブが2つの、通称フタコブラクダをイメージしますね。絵本に描かれているのも、月の砂漠を金の鞍をかけたフタコブラクダに乗る皇女様の姿です。しかし世界的には圧倒的にヒトコブラクダが多いのですね。かのアラビアのロレンスが率いたラクダ部隊も、ヒトコブラクダで構成されていました。ヒトコブラクダは、アフリカからアジアに至る広い地域で生息し、中国新疆ウイグル自治区、カザフ共和国周辺が、ヒトコブラクダとフタコブラクダの混在地とされています。

 モンゴルはフタコブラクダです。
砂漠の僅かな緑の中で、とげが多いためヒツジなどが食べることが出来ない草を食用とするラクダが、家畜の中心でした。コブの中には脂肪が蓄えられていますが、餌が不足するとフラリと垂れ下がってきます。餌を食べると勿論復活します。そんな耐久性を持ったラクダは、「砂漠の舟」とも呼ばれています。


 ゴビの遊牧民は、ラクダで物資を運搬したり騎乗するだけではなく、乳を搾り、その肉を食べ、皮、毛を利用してきました。ゴビの遊牧民は、異口同音に「ラクダがいたから、我々はここで生きてこられた」と言います。
このラクダ、砂よけの長い睫毛を持ち、ユーモラスな動物というイメージですが、その性格は意外とよろしくないのです。ラクダを扱うときも、いつご機嫌を損ねて、胃の内容物を吹きかける攻撃を仕掛けてくるのか分かりません。

  沙漠を移動すると砂の色が、クリーム色から赤色まで多彩で、砂粒のサイズも様々なことに驚かされます。奇岩が、たった今地中から生えてきたかのような迫力を持って連なる地域、砂と小石が混ざった地域もあります。厳しい自然ゆえに持ち得る神々しいまでの美しさを感じさせてくれる空間でもあります。砂漠で見た満月は音のない世界に浮かんでいました。忘れられない記憶です。
 
  窓を閉めて車を走らせていても、細かい砂が入り込みます。いつしか全身砂まみれで「人間きな粉もち」の出来上がり。もっともすぐに落とせますが。そんな細かな砂は食器を洗う水代わりにも使われています。

  数年前、南ゴビ県で、ラクダを飼うゲルに滞在させていただいた折、おばあさんから昔の乳加工の話を伺いました。民族学では「民族における古い習慣は、辺境地域によく残っている」とされますが、ゴビでは、今も「モンゴル5畜」が揃って飼われ、乳加工の古い形態が残っているのではないかと思えるのです。