第7回 モンゴルのお正月の話
                 酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授 石井 智美 氏 

 

《プロフィール》
いしい さとみ
北海道在住。酪農学園大学大学院博士課程修了・農学博士。
北海道大学大学院文学研究科修了・文学修士。
現在、酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授。専門は微生物学・栄養学・文化人類学。遊牧民宅で数回の住み込み調査を行うほか、民族飲料「馬乳酒」の持つ機能性について研究中。著作にアジア読本シリーズ「モンゴル」、「チーズの文化誌」(ともに河出書房新社)共著、「食と大地 」(ドメス出版)共著、「食文化入門」(弘文 堂)共著など

                           
 

 新年を迎えると、普段見慣れているはずの景色もなぜか改まって見えるような気がしませんか。お正月の持つ神聖な力ですね。
日本では新年を新暦で祝いますが、モンゴルでは、旧暦でお祝いします。新年はモンゴル語で「ツァガンサル」(白い月の意味)と呼ばれています。昨年、−30℃のモンゴルでお正月を経験しました。今回はそのご馳走のお話です。


  草原のお正月のご馳走の筆頭は、ヒツジを丸茹でにした「オーツ」です。食卓に大きく鎮座しているその姿は豊かさの象徴といえましょう。日本のにらみ鯛と同じように、すぐには食べません。薄く切ってつまみ食いを愉しむ程度です。作り方はヒツジを丸ごとは茹でることが出来ないため1頭をいくつかに分けて、それぞれを数時間かけて茹でます。モンゴル在来種のヒツジは、お尻から尾にかけて座布団のような形状の厚い脂肪を蓄えています。その脂肪も丸茹でにして、肉の上に。


 「オーツ」の隣には、小麦を練った生地に、草履ほどもある木型で模様を刻印したものを、脂で揚げたボーブを重ね、乳製品やお菓子で飾られた「ヘビンボーブ」が置かれます。この「ヘビンボーブ」は縁起を担ぎ奇数段で、年輩の方がいるゲルほど、「ヘビンボーブ」の直径が、お祝いの意味で大きくなるそうです。
「ボーブ」つくりは男性の仕事で、新年を前に徹夜の仕事となるそうです。よじれないように揚げるのが熟練の技とのこと。木型はその家に代々伝えられ、吉祥模様が彫られています。「ヘビンボーブ」はお正月(三が日)が終わると崩され、待ちかねた子供たちのお腹に収まります。


白い色の食べもの「ツァガンイデー」は、モンゴルにあって、清浄な心を表す証とされています。新年の食卓には「白い乳」、「米に砂糖を混ぜて炊いたもの」、「ヒツジの脂身を茹でて細長く切ったもの」など白尽くしで縁起を担ぎます。馬乳酒も冷凍にして保存していたものを一気に飲み尽くします。

 親戚、友人が訪ねてくると早速、モンゴル式のもてなしが始まります。練った小麦粉生地に、小さく切ったヒツジの肉を包んで蒸した「ボーズ」がその主役。小さめの「肉まん」です。お正月中に大人ではひとりあたり数百個のボーズがお腹に入っているのでした。満腹のお腹で新年を過ごすのがモンゴル式です。民族に伝わるお正月の料理に、民族の固有の習慣、考え方が深く反映されていることを実感しました。

 草原では中に綿の入った厚手の冬仕様デールが威力を発揮。毛皮の帽子、モンゴル靴で、完全防備。どこから見てもモンゴル人になってツァガンサルを堪能したのでした。