第6回 白い色の食べもの
                 酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授 石井 智美 氏 

 

《プロフィール》
いしい さとみ
北海道在住。酪農学園大学大学院博士課程修了・農学博士。
北海道大学大学院文学研究科修了・文学修士。
現在、酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授。専門は微生物学・栄養学・文化人類学。遊牧民宅で数回の住み込み調査を行うほか、民族飲料「馬乳酒」の持つ機能性について研究中。著作にアジア読本シリーズ「モンゴル」、「チーズの文化誌」(ともに河出書房新社)共著、「食と大地 」(ドメス出版)共著、「食文化入門」(弘文 堂)共著など

                           
 

 日本では生産される牛乳のうち約60%が飲まれています。このように牛乳は「飲む」というイメージが強いのですが、遊牧民は乳をほとんど飲みません。みな加工されています。
世界の乳利用を見ると、バターやチーズに加工して消費するのが主です。栄養豊富な乳を保存するために、各種乳加工が行われてきた歴史的な背景があるからでしょう。

 乳との関わりが長いモンゴル遊牧民は、その乳加工において一滴の乳も無駄にしません。最初に貴重なエネルギー源である乳脂肪を集めます。この乳脂肪の割合の違いによって数種類の乳製品がつくられてきました。
最も好まれているのは搾乳した乳を加熱し、おたまで掬い上げては静かに落として乳脂肪を上に集めたウエハス状のウルムです。脱脂された乳は、続けて自家製の発酵乳を、発酵させるスターターとして加えて加熱し、カッテイジチーズを固めたようなビャスラグやエーズギーをつくります。
そのほか脱脂乳を専用の発酵容器に注いで、発酵させ、酸っぱくなった乳を加熱してアロールをつくるのです。一晩戸外で乾燥させると硬くなります。コンパクトで栄養もあり、遊牧と言う移動する生活スタイルに最適です。西洋式に塩漬したり、熟成させることはありません。塩辛くないために大量に食べることが出来たのです。遊牧民の食事となっています。乳加工の途中で出るホエー(乳清)も、乳酒の原料になります。


 遊牧民は乳の特性を熟知し、寒冷な環境に適応した微生物を選抜し乳を発酵させるスターターとして大切にしてきました。日本の糠床のような存在ですね。成人男性では、夏季には1日のエネルギー摂取量の70%を乳製品から摂取しています。まさにモンゴル遊牧民は「乳を食べる人々」と言えましょう。このように大量に乳製品を食べても、アレルギーを起こす人は皆無なことにも驚きです。


 モンゴルの子どもが離乳食に使う食品も乳製品。モンゴル版ヨーグルト(乳酸菌・酵母が入っている)のタラグです。そして毎朝アロールを貰い、終日おしゃぶりのように握って育ちます。なめても大丈夫で、口にすることで栄養も取れる訳です。
 今日、微生物が体内に入ることで腸内細菌叢などに良い効果をもたらすとしてプロバイオティクスが注目を集めていますが、遊牧民はまさに微生物の効果の利用における先駆者なのです。そして白い色の乳製品を食べることの効用を「お腹の中を白くする」と表現します。

どうぞ良いお年をお迎え下さい。