第5回 肉のはなし
                 酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授 石井 智美 氏 

 

《プロフィール》
いしい さとみ
北海道在住。酪農学園大学大学院博士課程修了・農学博士。
北海道大学大学院文学研究科修了・文学修士。
現在、酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授。専門は微生物学・栄養学・文化人類学。遊牧民宅で数回の住み込み調査を行うほか、民族飲料「馬乳酒」の持つ機能性について研究中。著作にアジア読本シリーズ「モンゴル」、「チーズの文化誌」(ともに河出書房新社)共著、「食と大地 」(ドメス出版)共著、「食文化入門」(弘文 堂)共著など

                           
 
 11月に越冬用の食料として家族5人で、ウシ1頭、ウマ1頭、ヒツジ3頭前後を屠ります。
自力で越冬出来そうにない弱いものを食用にするのです。

  モンゴルでは、肉といえばヒツジ。日本でヒツジ肉というとジンギスカンを連想しますが、
戦後に北海道で生まれた料理です。モンゴルのヒツジは在来種です。その尻尾には通称「脂肪尾ヒツジ」といわれるほど、大きな座布団状の脂肪がついています。寒さに耐えるためにも、エネルギーの多い脂肪を摂ることが草原で生きるために必要でした。モンゴル語の「おいしい」の語源の意味は「甘い」なのです。草原の香草のみを食べて、毎日よく運動?して育ったヒツジの肉はジューシーで臭みなどありません。生き物が食べものにある過程が眼前に展開するのです。


 ヒツジの解体は男性の仕事で道具はナイフ1本、40分程度で完了します。血液は、腹腔に溜められ、保存が利かない内臓が真っ先に料理されていきます。食べないのは苦い胆嚢だけ。長い腸は中に水を通して洗い、血液を詰め、血のソーセージをつくります。すべて水から茹で、味付けは少量の塩で。新鮮な内臓は各種ビタミン、ミネラルが多く、野菜を食べない遊牧民にとって貴重なビタミン補給源なのです。片手に茹でた内臓を持ってウマに乗り近くのゲルにおすそ分けします。こうしてビタミン補給の機会を互いに増やしているのです。


 肉を食べるのは内臓を食べた後です。いつも驚かされるのは、解体を見ていなくても肉を食べて、何歳のオスなどと当てること。ちゃんと違いがあるのだそうです。骨は割って髄をすすり、膜、筋も食べます。日本の肉屋さんの店頭の赤身を肉とイメージする我々とは大違いで、全体を食べつくすのです。モンゴルではその肉とエキスの同じ価値があるとされ、茹で汁も残すことなくお腹に収めます。

  夏季には冷蔵庫の無い草原では、生のままひも状にしてゲル内で乾燥させます。テレホンカードくらいの干し肉1枚が戸外の仕事の折の携帯食です。30分は噛み続けなければなりません。ご馳走は屋外で牛乳缶の中に、焼いた石とヒツジの肉を入れ、密封し外から加熱、蒸し焼きにするホルホックです。時々蒸気を抜く熟練技が必要なワイルドな料理です。起源は、ヤギの身体から内臓や肉、骨を、皮を傷つけないように抜き、皮袋に焼いた石と肉を入れて外から焼いたボードクです。このボードクは、鍋の無かったころの料理形態を今日に伝えているとされ、モンゴルの代表的な肉料理です。