モンゴルの夏、旅人の楽しみは、満天の星空を眺めること。視界360度の拡がりの中、天の川が大きく帯状に架かり、流れ星も目が慣れると1分間に10個ほどもみつけられます。輝く星月夜を見ると、怖いほど。ゴッホならばどのように描いただろうかと考えてしまいます。遊牧民には珍しくは無い星空ですが。
地球温暖化の影響と言われていますが、モンゴルでも夏には連日30℃以上になるなど、これまでにないほど暑い夏です。一方、草原では5月に雪が降ることも多く、夏の朝の気温が5℃付近、つまり冷蔵庫と同じなこともあるのです。そして日中は30℃を越え、日が暮れるとストーブの火が恋しくなります。
まさに「1日の中に1年がある」と言えましょう。
9月の声を聞くとすぐにあちこちから雪の便りが届きます。11月には、遊牧民は家畜を引き連れ、風の当たらない斜面にある冬営地へ。ひたすら春を待つのです。こうした厳しい自然環境の中で、人は己を知り謙虚になるのではないでしょうか。
ある夏、滞在先で晴天が一転、暴風が吹き荒れゲルが飛びそうになりました。瞬間的に居合わせた数人が、ゲルの天井から吊るされたウマの毛で編んだ紐に飛びつきました。身体に紐を巻きつけ重石としたのです。みんな夢中でした。草原に出ていた家の父親が、家畜の群れを誘導しながら急ぎ戻ってきた姿を見たとき、家族とともに「もう大丈夫」とほっとしました。父親の姿がとても頼もしく見えました。それから主人の的確な指示のもと、団結してゲルを守ったのでした。翌日飛んでしまった他のゲルをみて、自然の力を痛感しました。
草原では、生きるために基本的な人としての力、経験からくる知恵が必要なのです。元気いっぱいな草原の男の子は、そうした父親の背中を見、家畜の世話などを手伝って育ちます。いい意味での男は男らしく育つのです。ウマに乗る術もすべて体で覚えていくのです。「将来はなにになるの」と尋ねると「父のような遊牧民になりたい」とはにかみながら答えます。
草原の暮らしは、経済の自由化以後、現金経済が流れ込み、遊牧生活も岐路に立っています。草原で生き抜ける柔軟な知恵と、しっかりとした意志がなければ難しい状態です。財産である家畜を失い、当てのないまま都市に流れていった遊牧民も多く、社会問題化しています。彼ら自身で答えを出さなければならない問題ですが、父のようにと願う子供たちがこの21世紀に、望む草原での遊牧生活を継げるように願って止みません。