第3回 モンゴルの天気と草原の暮らし
                 酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授 石井 智美 氏 

 

《プロフィール》
いしい さとみ
北海道在住。酪農学園大学大学院博士課程修了・農学博士。
北海道大学大学院文学研究科修了・文学修士。
現在、酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授。専門は微生物学・栄養学・文化人類学。遊牧民宅で数回の住み込み調査を行うほか、民族飲料「馬乳酒」の持つ機能性について研究中。著作にアジア読本シリーズ「モンゴル」、「チーズの文化誌」(ともに河出書房新社)共著、「食と大地 」(ドメス出版)共著、「食文化入門」(弘文 堂)共著など

                           
 

 モンゴルの夏、旅人の楽しみは、満天の星空を眺めること。視界360度の拡がりの中、天の川が大きく帯状に架かり、流れ星も目が慣れると1分間に10個ほどもみつけられます。輝く星月夜を見ると、怖いほど。ゴッホならばどのように描いただろうかと考えてしまいます。遊牧民には珍しくは無い星空ですが。

 地球温暖化の影響と言われていますが、モンゴルでも夏には連日30℃以上になるなど、これまでにないほど暑い夏です。一方、草原では5月に雪が降ることも多く、夏の朝の気温が5℃付近、つまり冷蔵庫と同じなこともあるのです。そして日中は30℃を越え、日が暮れるとストーブの火が恋しくなります。
まさに「1日の中に1年がある」と言えましょう。

 9月の声を聞くとすぐにあちこちから雪の便りが届きます。11月には、遊牧民は家畜を引き連れ、風の当たらない斜面にある冬営地へ。ひたすら春を待つのです。こうした厳しい自然環境の中で、人は己を知り謙虚になるのではないでしょうか。

 ある夏、滞在先で晴天が一転、暴風が吹き荒れゲルが飛びそうになりました。瞬間的に居合わせた数人が、ゲルの天井から吊るされたウマの毛で編んだ紐に飛びつきました。身体に紐を巻きつけ重石としたのです。みんな夢中でした。草原に出ていた家の父親が、家畜の群れを誘導しながら急ぎ戻ってきた姿を見たとき、家族とともに「もう大丈夫」とほっとしました。父親の姿がとても頼もしく見えました。それから主人の的確な指示のもと、団結してゲルを守ったのでした。翌日飛んでしまった他のゲルをみて、自然の力を痛感しました。

 草原では、生きるために基本的な人としての力、経験からくる知恵が必要なのです。元気いっぱいな草原の男の子は、そうした父親の背中を見、家畜の世話などを手伝って育ちます。いい意味での男は男らしく育つのです。ウマに乗る術もすべて体で覚えていくのです。「将来はなにになるの」と尋ねると「父のような遊牧民になりたい」とはにかみながら答えます。

 草原の暮らしは、経済の自由化以後、現金経済が流れ込み、遊牧生活も岐路に立っています。草原で生き抜ける柔軟な知恵と、しっかりとした意志がなければ難しい状態です。財産である家畜を失い、当てのないまま都市に流れていった遊牧民も多く、社会問題化しています。彼ら自身で答えを出さなければならない問題ですが、父のようにと願う子供たちがこの21世紀に、望む草原での遊牧生活を継げるように願って止みません。