『 生命誕生 』を見て考えたこと     
北海道医療大学歯学部生化学講座教授 田隈泰信  
           《 筆者紹介 》
たくま たいしん
1951年北海道夕張市生まれ
1974年北海道大学理学部生物学科卒業
1981年まで城西歯科大学解剖学第一講座助手
1983年から1年半、米国NIH留学
1998年より北海道医療大学歯学部口腔生化学講座教授、理学博士
研究:唾液腺細胞と骨の細胞の分泌機構、
メカニカルストレスとATP分泌に興味をもっています
 

 ドーキンスの「利己的な遺伝子」を持ち出すまでもなく、生物は子孫を残しDNAの連続性を維持するためには、どのようなリスクも厭わなかった。上流の産卵場所にようやくたどり着いた傷だらけの鮭、ロッキーの断崖絶壁で角を激しくぶつけ合う野生の羊、前の雄を追い出し、後から来る若い雄にプライドを追われ飢え死にするライオン。皆、子孫を残せというDNAの指令に従い、命がけで戦っている。厳しい生存環境を生き抜いてきた人類も例外ではなかったろう。しかし、人類は今ようやく子孫繁栄という38億年続いたDNAの脅迫から解放されたようだ。子孫を残さなければという危機感は既に誰の意識にもない。当然だろう、地上は人類で埋め尽くされている。ただし、人類がDNAの脅迫を無視するようになったのは、少子化を危惧する一部の人々がいう、子育ての環境が悪化したせいではない。野生生物を見れば分かるように、DNAの脅迫は、生存環境が厳しいほど、むしろ強いのである。無論DNAに、年金制度を維持するため子孫を残せ、という指令が書き込まれているはずもない。


 話は前後するが、人類がDNAの脅迫から解放されたのは、実は最近のことではないらしい。2500年前のインドで、仏教とジャイナ教という兄弟のような宗教がほとんど同時に誕生した。二人の教祖と周囲の信者は、明らかにDNAの脅迫から解放されていた。否、むしろ、DNAの指令に嫌悪感をいだいていたと言った方が正しいだろう。2500年前の人口は、現在とは比べものにならないほど少なかったが、当時の生産力からすると、やはり過剰であった。人類の歴史は、恒常的な人口過剰との戦いであった。それでは人類はなぜ、仏教徒やジャイナ教徒さえ、子孫を残し続けてきたのだろうか。人類は、親離れできない思春期と長い老後をもった、極めて特殊な動物である。核家族化した現代人の意識からはほとんど消えかかっているが、人が面倒な子育てを忌避しなかったのは、老後の保障のためだった。未発達の年金・介護保険制度を補うために、古来、人は子供を大切に育て、孝行の道を教えてきたのである。


 DNAの脅迫と老後の不安から解放された人類が、少子化に向かうのは自然の摂理である。少子化が、資源の枯渇と環境の悪化にあえぐ地球にとって朗報であることは、誰の目にも明らかである。悪いのは、自然の摂理を無視して設計された年金制度であって、少子化ではない。