今、医者に必要な『こころ』            飯田 惣授
 

いいだ そうじゅ
1962年群馬県生まれ
1987年三重大学医学部卒
2002年より朝霞台中央総合病院 副病院長 
埼玉医科大学 整形外科非常勤講師
脊椎脊髄外科指導医

 

 ヒポクラテスの誓い(抜粋)『医神およびすべての男神と女神に誓う、私の能力と判断に従ってこの誓いと約束を守ることを。この術を教えた人を親のごとく敬い、わが財を分かって、その必要あるとき助ける。(先人を敬う)その子孫を私自身の兄弟のごとくみて、彼らが学ぶことを欲すれば報酬なしにこの術を教える。そして書き物や講義その他あらゆる方法で私のもつ医術の知識をわが息子、我が師の息子,また医の規則にもとづき約束と誓いで結ばれている弟子どもに分かち与える。(無償の後継育成)。自身の能力と判断に従い、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法は決して選択しない(患者を中心に置いた医療)。頼まれても死を招くような薬を与えない。同様に婦人を流産させる道具も与えない。障害を純粋と神聖を持って貫き、我が術を行う(自殺幇助、安楽死、堕胎禁止)。如何なる患者の家を訪れる時も、勝手な戯れや墜落の行いを避ける。女と男、自由人と奴隷の区別することなくただ病者利益を考える(医療の前での平等)。医に関するか否かに関わらず他人の生活について秘密を守る(守秘)。私は、医術の実施を人生の喜びと感じこの誓いを守り続ける限り、すべての人から尊敬されるであろう(無償の愛と奉仕)。もしこの誓いを破るならばその反対の運命を賜りたい(自浄)。』


 医者の仕事を許されて、今年で二十年。この医師免許には、特別な思いがある。そもそも如何なる免許も、自分が勝ち取った特権資格ではない。「この仕事を自分がやらせてもらってよいものか否か」、世の中のみんなにお伺いを立て、許可を得たのが免許である。将来にわたって、この仕事をみんなの期待に応え全うすることを誓い頂いたのがこの資格である。心の中で呟いたその誓いとは、「この仕事を続ける限り一生精進してゆきます。この仕事を続ける限り最新の知識を身につけ、技術を磨き自分の能力すべて出し切って努力します。たとえ、自分の体を壊すことがあろうとも。だから、医者の仕事を自分にやらせてください。」許しを請うて許可を戴き、感謝の思いで始めた仕事。常に未完成な自分を感じ、完璧を追い求め日々進化してゆきたい。医療は、商売ではない。医療を商売にしては、いけない。そしてこの資格を、決して金儲けの道具にしてはいけない。


 『遣いきる(使い切る)』自分の好きな言葉である。子供の頃、鉛筆が短くなると金属製の棒をつないで3cmくらいになるまでは、使っていた。ボールペンのインクを使い切る。歯磨き粉チューブの中身を使い切る。如何なる物であれ、生き物であれ、必ず役割をもって存在し、多様な価値観の中でみれば無駄なものなどありえない。これまでの医療は、不老不死を追い求め、いずれ達成できるかの如き幻想を抱かせ、それが最大の幸福であるかの如き印象を与えてきた。しかし、それは、本来の医療の姿ではない。人生とは、限りある時間だからこそ貴重なのである。情熱を持って、真剣勝負で生きられるのである。この限りある時間を余すとこなく遣いきる。不慮の事故やつまらぬ病で、人生に幕を引いてはならない。ましてや自殺など。

 人生をしっかり生ききるための手伝い。社会の中で、人が人として幸福な生活を送るために、最低限必要な心と体の健康を享受する。それが医療の役目である。これから医療を志す若者へ「医院の家業を継ぐためではなく、患者さんにとってのこの町の医療を考え次の世代に引き継ぐ医者であってほしい。」ものと時間を大切にし、これを粗末にせず生かして使う。命を生かし、命を大切にする、自分の能力を患者さんのために遣いきる。いつかそんな医者になっていたい。