私のボランティア活動                 N.U
 

  川越生まれ,川越育ち。

世話人から一言:
あらゆるものに積極的に参加する彼女に感服。
それが彼女の元気の源といえよう。

 

 
 私は将来、海外旅行に行きたいので英会話を習いたいと思いました。学生時代あまり英語が好きでなかったので、息子に偉そうなことは言えません。そんな時、新聞のチラシのノバとYMCAの英語会話の広告が目にとまりました。月謝が安かったのが運のつき、一応3年間くらい習いましたが、その後YMCAのバック団体Y・Sメンクラブに誘われました。その発起人は工藤さんという元製薬会社の重役だった人。会員は15人以上いなければ発足できないので、英会話教室の年配の生徒が声をかけられ参加した。

 1998年のことです。工藤さんは10年以上前胃がんの手術をされ細身の人ですが、その情熱たるやすごい。恐れ入って私も手伝っています。会費は年間5万円、月2回の集会。今、登校拒否の子供を預かって勉強や遊びを教えています。私たちは、そのサポートです。私なんかその任ではないのですが、私たちの仲間はいい人ばかりです。学校の先生、公務員、自営業者。その半分はキリスト教信者です。幸い私の犬の散歩仲間がいろいろと、 協力してくれます。川越いも“紅きんとき” の販売、バザーの品物集め、値段付けなどなど。またインターネットによる販売も行います、

 3〜4年前、タイへ2回、ネパールへ1回ボランテアーで行く機会がありました。その中で最も印象に残ったのはネパール。ヒマラヤを控え、中国とインドに囲まれ、両国の影響を強く受けた国。ネパールのYMCAの紹介で文具をと考えましたが、とても予算がなく、サッカーボールとバレーボールを持参。しかしこのプランは完全に失敗で、やはり文具が必要とされた模様。訪問日は日曜日でしたが、生徒全員が我々を大歓迎、感激の一齣でした。

 カトマンズからバスで3時間。座席のスプリングはなく、お尻の痛いこと。しかしこのバスは日本政府からの寄付によったものとこと。少し恥ずかしいと言うか。なにやってんだよと言う気持ち。大通りでも中央のみが舗装されているにすぎず、車、自転車、人、牛などがゾロゾロと。まるで日本の昭和30年前後にタイムスリップした感じ。山の頂上まで耕され、民家は車庫ていどの大きさ。失業率50%、女性の仕事はほとんどない。学校の先生は両家子女のボランテイアだそうです。子供の髪がトウモロコシのような金髪。これは栄養不足によるらしい。

  最後の夜、世界遺産チトワン自然動物公園内のホテルに1泊。翌朝、朝食のパンを持って野鳥の見物に出かけました。途中子供達が焚き火をしているので、尋ねてみると。トウモロコシを灰に入れ、ポップコーンを作り食べるんだとのこと。これが朝食だとは。

  私達のパンを最年長の子供が公平に分配。なんとほほえましい光景かなとしばらく見とれていました。日本に留学中の先生の話では、我々の国は貧しいかもしれないが、事件もなく、穏やかで、いい国ですよ。と言った先生の話を実感したネパールの旅でした。