本稿を起草するにあたり、改めて自己紹介させていただきますが、なかなかストレートに読んでくれる人が少ない難読な名前で「あぶかわ・さきお」と呼んでおります。倅は長男で「東嗣」と書いて「はるつぎ」。ちなみに私が経営するグループ関連会社も「東光(とうこう)」と呼称し、まさに「東」ずくめ一色の感さえあります。昔から、陽は東から昇ると言われるごとく、日の出の勢いにあやかりたいのですが、そうは問屋は簡単には卸してくれません。
率直に申し上げて、私はこれまで病気や薬の厄介になった経験がないのでコラムニストとして不相応かと思いますが、息子のたっての要望もあり、心ならずも苦渋の選択を迫られる結果となり、人目もはばからず拙文をつづった次第ですが、どうぞご笑読くだされば幸いです。
倅が地元の高校を出て大学受験する際に、一回だけの条件付きチャンスを与えました。
つまり浪人はしないことです。しかし、何とかこのハードルをクリアー。弘前大学医学部大学院出の白い巨塔の主とあいなりました。従って私の主治医は息子であり、現在は離れて住んでいても健康管理には口うるさく、お陰さまで大過なく暮らしておるところです。私も時には遅れをとるまいと、息子に触発されたわけでもないが、専門書ならぬ医学関連誌にも、せっせと目を通すようになりました。
多言するまでもなく、健康の尊さは病を経て痛感しますが健康な人ほどおろそかしがちであります。そのたった一つしかない命を預けるのがお医者様。先日、何とはなしに辞書をめくっていたら「国手」と書いて「こくしゅ」なる聞き慣れない二文字が飛び込んできました。語意は迷にあらず「名医」の略であることを知りました。我が意を得たりと周囲に尋ねてみましたが存外知られていません。
世に、他人のことに忙しくて自分自身のことに手が回らないことを「紺屋の白袴」とか「医者の不養生」と言いますが、それでは困ります。また、「医者と味噌は古いほど良い」とか「医者とカボチャは古いほど良い」と言われるように、老練ノコになぞらえて「タケノコ先生」と呼ぶそうです。
このことを坂口労働厚生大臣が執筆の「私がタケノコ医者であったころ」と題するエッセーを読んだが、大臣がまだ駆け出しの若い頃、無医村に近かった任地でベテランの看護婦さんに助けられながら、何度も急場をしのいだエピソードが微笑ましく描かれています。解説にいわく「タケノコ医者」とは「藪医者に至らない医者のこと」だと言います。
記憶にはないとは言わせません。私たちが若い頃、古老たちは重い病気を治してくれた先生には仏様のごとく敬慕してやまないが、逆の場合は面と向かって悪口も言えないのでウサばらしに藪医者と呼んでウップンを晴らしていたのでしょう。最近は死語と化してしまいました。
かつて、北里大学で教壇に立たれた立川名誉教授なる方が、その自著で前途有為なる医学生に対し『血』をテーマにした言葉を書くよう出題したところ、お決まりのパターンで「血液」「血管」「血圧」「輸血」「血糖値」のいわゆる専門的用語が圧倒的に多かったと言います。
立川さんが将来の医者の卵にひそかに期待していたものは「血色」であり「血潮」そして「血族」「血縁」であったようです。
この記述を読んで、私はふと考えました。血色と書けない医学生がドクターになりナースになったときに、患者の血色や顔色を見ないで、血糖値や血圧ばかりを診るような医療者になってしまうのではないかと危惧を抱くのは思い過ごしだろうか?
結びになりましたが、仄聞するところによると、骨の健康づくりに献身されます貴委員会のご苦労に心から敬意を表します。なかんずく骨粗鬆症(オステオポローゼ)と言われるこの病気は、とくに骨がもろくなって骨折しやすい老人に多い症状と承っておりますが、やがては我が身も、間違いなく老人の仲間入りは避けられぬ宿命とあれば、今後は骨惜しみをせず、たとえ骨が舎利になっても、反骨精神ならず骨っ節のあるところを誇示できればと願っております。いずれにしても主治医とよく相談のうえ、予防にウエイトをおいた対策を講じようと思案をめぐらしているところです。
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